このページは、溝上の学術的な論考サイトです。サイトポリシーをご了解の上お読みください。           溝上慎一のホームページ

(用語集)ニューノーマル

1.ニューノーマルとは

「新常態」「新たな常態」と訳されることもある「ニューノーマル(New Normal)」とは、ある危機的な状況を越えた後、それまでの常識や考え方が通用しない世界に抜本的に変わることを指す。とくにリーマンショック(2008年)の後に、経済やビジネス関係者の間でよく用いられてきた用語である(注1)

この度の地球規模での新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、終息後の刷新された、後戻りすることのない新しい世界を論じるのに、あらゆる分野でこの用語は用いられている。

(注1)初期にこの言葉を用いたのは、ベンチャーキャピタリスト・投資家のR. マクナミーの2003年の雑誌記事である(マクナミー, 2008)。彼は、インターネットを始めとするIT技術とグローバル化が、ビジネスにおける投資や仕事、時間の使い方などを抜本的に変え、個人ベースの判断・意思決定へと大きく転換していくと論じ、その新しい様相を「ニューノーマル」と呼んだ。今日では、エコノミストのモハメド・エラリアンが、2008年のリーマンショックの後の経済やビジネスの世界を、もはやそれまでの世界の延長線上ではないことを「ニューノーマル」として論じたものがよく知られる。エラリアンは、この度の新型コロナウィルスの世界的な感染拡大を受けて、ポストコロナの世界を「ニューノーマル2.0」とも呼んでいる(朝日新聞Global+「コロナ後は『ニューノーマル2.0』世界経済の気色は一変する」2020年5月29日https://globe.asahi.com/article/13395103 2021年9月4日アクセス)。

 

2.OECDにおけるニューノーマルの教育

白井(2020)が、『OECD Education2030』プロジェクトの説明資料をもとに、伝統的な教育との比較において特徴となるニューノーマルの教育の特徴をまとめているので紹介しておく。図表1に示すように、伝統的な教育に比べてニューノーマルの教育では、「システム」「プロセス」「(多様な)関係者」「(生徒・教師の)エージェンシー」など、学術的に言えば、学校教育に関わるさまざまなステイクホルダー(生徒・教師・保護者・行政など)の構成主義(注2)的な活動が特徴とされている。

 


図表1 伝統的な教育とニューノーマルの教育
*白井(2020)、表1-1(p.53)より
(注2)「構成主義(constructionism)」とは、世界に関する知識が必ずしも客観的に存在し機能するのではなく、人びとや社会との関係性の中で見方や考え方、意味などとして構成・再構成され創られていく考えを指す。人びとや社会との関係性を強調する時には「社会構成主義(social constructionism)」と呼ぶこともある。学校教育の中では、「教えるから学ぶへ」「教授パラダイムから学習パラダイムへ」「教師中心から子ども中心へ」「講義一辺倒の授業からアクティブラーニング型授業へ」といった標語をもって、知識注入型、知識詰め込み型の学習から構成主義的な学習への転換が叫ばれるようになったと議論されてきた(詳しくは溝上 [2020]を参照。ほか佐藤[1996]、中村[2001, 2007]も参照のこと)。
 なお、constructionismに対する訳語には「構築主義」もあり、学術の世界で必ずしも統一的に使用されていない。「構成主義」と「構築主義」のいずれかの訳出の妥当性を論じる論考は多くあるが(たとえば、ガーゲン, 2004; 千田, 2000; 高橋, 2003など)、本稿では教育学の世界で一般的に用いられてきた「構成主義」を用いることとする。

 

3.政府の施策文書での使用例-『令和の日本型学校教育(答申)』より-

『令和の日本型学校教育(答申)』(注3)の中で、ニューノーマルに言及されているのは次の1箇所だけであるが、全体を貫く基本的視座の1つとなっている。これから出される政府の他の施策文書の基本的視座の1つにもなっていくと考えられる。

 

学校教育関係者にとって、この度のニューノーマルを促進する大きな要因は、教育のデジタル化であろう。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的問題の解決を両立する社会の実現、すなわち「Society5.0」(科学技術基本計画第5期 [2016-2020年] のキャッチフレーズ)の実現を想定して、さまざまな側面における教育のデジタル化が進められている。『令和の日本型学校教育(答申)』では具体的な取り組みとして、GIGAスクール構想を実質的に推進するためのICT・デジタル活用や、遠隔・オンライン授業やハイブリッドな学び、ビッグデータの活用やDX(デジタルトランスフォーメーション)の加速化などが示されている。

(注3)中央教育審議会『「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)』(2021年1月26日)

 

 

文献

ガーゲン, K. J. (著) 永田素彦・深尾誠 (訳) (2004). 社会構成主義の理論と実践-関係性が現実をつくる- ナカニシヤ出版

マクナミー, R. (著) 三五寛子 (訳) (2008). ニューノーマル 東洋経済新報社

溝上慎一 (2020). 社会に生きる個性―自己と他者・拡張的パーソナリティ・エージェンシー- 東信堂

中村恵子 (2001). 教育における構成主義 現代社会文化研究 (新潟大学大学院現代社会文化研究科), 21, 283-297.

中村恵子 (2007). 構成主義における学びの理論―心理学的構成主義と社会的構成主義を比較して― 新潟青陵大学紀要, 7, 167-176.

佐藤学 (1996). 現代学習論批判-構成主義とその後 堀尾輝久・奥平康照・田中孝彦・佐貫浩・汐見稔幸・太田政男・横湯園子・須藤敏昭・久冨善之・浦野東洋一 (編) 学校の学び・人間の学び(pp.154-187) 柏書房

千田有紀 (2001). 構築主義の系譜 上野千鶴子 (編) 構築主義とは何か(pp.1-41) 勁草書房

白井俊 (2020). OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来-エージェンシー、資質・能力とカリキュラム- ミネルヴァ書房

高橋正泰 (2003). 社会的構成主義と組織論 経営論集 (明治大学経営学部), 50(2), 235-249.

 

 

Page Top