このページは、溝上の学術的な論考サイトです。サイトポリシーをご了解の上お読みください。           溝上慎一のホームページ

(用語集)ウェルビーイング

要点

 

 

1.ウェルビーイングとは

“being”は「状態」や「存在」を意味し、「ウェルビーイング(well-being)」はそれを踏まえて、「良い感情」「良い状態」を意味する用語であると考えられる。一般的に「良い感情」「良い状態」とされるウェルビーイングを、古代ギリシャで議論された「エウダイモニア」(注1)の思想をルーツにして、具体的に「幸福(幸せ)」「良い生き方」「隆盛」「人生への満足」等を指すものとしても理解されている。「肯定的な感情」(OECD, 2013)、「自己実現」(Waterman, 2013)、QOL(Quality of Life:生活の質、Glazter, 2015)、「福祉(welfare)」(Angner, 2016)と同義の用語として用いられていることもある。

ウェルビーイングは、必ずしも物質的豊かさや経済的・社会的地位の高さといった客観的な隆盛を指す概念ではない。一般的あるいは抽象度の高い水準で、ライフ(生活・人生)における良い感情や状態(幸福や良い生き方、隆盛、人生への満足等)を、個人が主観的にどの程度持っているかを扱う概念である。どんなに経済的・社会的に地位が高くても、ウェルビーイングが低いことはある。逆に、経済的・社会的地位が低くても、物質的に豊かでなくても、ウェルビーイングを高く持つことはできる。それを決めるのは、個人のライフに対する主観的な評価や満足である(Glatzer, 2015)。

もっとも心理学では、ポジティブ心理学の観点から隆盛としてのウェルビーイングを導く客観的な心理的要素を特定する研究が進んでいる。よく知られるのは、たとばリフ(Ryff, 1989)の「心理的ウェルビーイング(psychological well-being)」やライアンら(Ryan, Huta, & Deci, 2008)の「自己決定理論(self-determination theory)」である。心理的ウェルビーイングでは、自律、環境統制、自己成長、他者との良好な関係、人生の目的、自己受容の要素が、また自己決定理論では、目標や価値の内発的追求、自己主導的・自律的な行動、マインドフルな行為、コンピテンス・関係性・自律などの普遍的・基本的な心理的欲求を充足していることが、隆盛としてのウェルビーイングを高めると考えられている。これらは外部から態度や能力を設定している点で「客観的」な指標と見なされるが、平均的にはその指標で高い隆盛を持つことがウェルビーイングを高めていることが検証されている。

(注1)古代ギリシャの「エウダイモニア(eudaimonia)」論では、よく生きるとはどういうことかが議論された。それは、あらゆる行為における最高善としての「幸福(happiness)」を目指すことであり、実践的には良く振る舞うこと(doing good)、良く感じること(feeling well / happy)を目指すことであると考えられた。しかしながら、その「良く(振る舞うこと/感じること)」の具体的に指すものは論者やテーマによってさまざまであり(代表的なものとして「快楽(pleasure)」や「隆盛(flourishing)」「充実(fulfilling)」)、抽象度が高い概念であるが故に論者の間で共通理解が得られにくい用語ともされる。
 ウェルビーイングは哲学的には、このエウダイモニア論に遡るとされる。エウダイモニアとウェルビーイングをほぼ同義の概念として扱う研究者は多くいる一方で、相異なるものとして明確に切り離す研究者もいる。両概念をほぼ同義のものとして扱う研究者の中でも、エイダイモニアの指すものを特定していくと、ある限定的な関係性で理解していることがわかることもある(レビューは主にアナス, 2019; 平石, 1951; Tiberius,2013; Vittersø, 2016を参照)。
 本稿では、以上を踏まえてウェルビーイングを、エウダイモニアにルーツがあるとしつつ、現代固有の社会・文化状況や文脈で使用される、古代ギリシャとは異なる概念であると考える。エウダイモニアの意味として一般的に認められる「幸福」や「満足」等をウェルビーイングの意味に当てる場合でも、その具体的に指すものは現代のテーマや社会・文化状況、文脈によって個別に考えるものとする。

 

2.個別的水準に落として概念を再構成

近年多くの学問領域で、一般的あるいは抽象的水準における概念を日々の活動や実践などの個別的水準まで落とし、そこから一般的・抽象的水準で概念を再構成しようとするパラダイム転換が起こっている(図表1を参照)。

たとえば筆者の専門的領域の一つである自己研究では、「自我」や「自己」についての問題は古代ギリシャ以来の哲学的課題として、一般的あるいは非常に抽象度の高い水準で長く議論されてきた。しかしこの半世紀、たとえば自己(概念)の問題は、図表2に示すような個別的水準まで落として「さまざまな自己(私)(multiple selves / Mes)」として研究がなされるようになっている(レビューは溝上 [2008])。学校教育に関連してよく話題となる自己肯定感を例にすれば、子供の自己肯定感の低さが問題であると一般的に(=一般的水準で)言われることでも、実際の子供の日々の活動を個別的水準で見ていけば、子供のすべての領域にわたって自己肯定感が低くなっているわけではないことがわかる。自己肯定感が高い領域(たとえば遊び)もあれば、低い領域(たとえば学習や身体、認知能力など)もあることがすぐさまにわかるのである。それでは個別的水準のどの領域が問題なのか、それをどう改善すれば一般的・抽象的水準における自己肯定感が改善されるのか、といったように、一般的・抽象的水準における概念を個別的水準まで落として概念の再構成を行うことで、このような実践的課題についての検討ができるようになるのである。

 


図表1 一般的水準から抽象的-個別的水準のスペクトラムで理解されるウェルビーイングの概念

 


図表2 階層的・多元的な自己概念の構造
*Shavelson, Hubner, & Stanton (1976)、Fig.1(p.413)より筆者が翻訳・作成

 

ウェルビーイングも同じである。この概念も歴史的に一般的・抽象的水準において人の幸福等の感情や状態を検討する概念であったが、近年日々の活動レベル(図表1の個別的水準)でウェルビーイングの質を検討しようとする動きが盛んになっている。実際、何をもって幸福や人生への満足とするかは人それぞれであり、経済的な豊かさをもって幸せを感じる人もいれば、家族や地域との関係をもって幸せを感じる人もいる。

たとえば、OECD(2013)の主観的幸福感を測定するプロジェクトのガイドラインでは、個別的領域におけるウェルビーイングを調査するとしている。その調査項目を見ると、「生活水準」「健康」「人生の目標」「人間関係」「好きなこと」「仕事」「コミュニティ」などの個別的領域がさまざまに設定されており、その評定は“満足している(していない)”で求めるようになっている(図表3を参照)。ここで重要なポイントは、個別的領域で“満足していない”という評価がなされたとしても、そのことが必ずしも一般的・抽象的水準でのウェルビーイングの低さに繋がるとは限らないということである。

 

図表3 領域別における主観的幸福感の評価項目
*OECD(2013)、Box B.5(p.262)より筆者が訳出

 

 

3.社会のウェルビーイングという考え方

図表3のOECDの調査項目の中には、Q9「地域の環境の質」への満足という、個人のウェルビーイングとは異なる地域や社会に関する項目がある。近年、このような「社会のウェルビーイング」とでも呼ぶべきウェルビーイングが多く提起されている。地域や社会を対象とするのみならず、学校や企業・職場、医療や科学まで対象を拡げて、この概念をより広範囲に検討している。

学校教育に関連するもので例示すれば、「OECD Education 2030」プロジェクト(白井, 2020)では、学校教育の最終目標が個人・社会・地球環境のウェルビーイングと提起されている。また、我が国の政府の最近の教育施策では、教育再生実行会議の第十二次提言(注2)で、「ポストコロナ期における新たな学びの在り方を考えていくに当たって、こうした課題を解決するためには、一人一人の多様な幸せであるとともに社会全体の幸せでもあるウェルビーイング(Well-being)の理念の実現を目指すことが重要である」(p.1)と提言されている。社会のウェルビーイングが教育施策で深く合流してきている。

(注2)教育再生実行会議『ポストコロナ期における新たな学びの在り方について(第十二次提言)』(2021年6月3日)

それでは、いったいどのような理屈で、たとえば図表3のQ9「地域の環境の質」への満足がウェルビーイングの一つとなるのだろうか。

近年のOECD施策を詳しく説明している白井(2020)によれば、たとえば現在急速な勢いで生物多様性が減少しているが、そうした変化は将来私たちの生活に直接的な影響を及ぼす可能性がある。気候変動問題は、異常気象や自然災害として私たちの生活にすでに深刻な影響を及ぼしており、この問題の好例である。もし私たちが将来どのような社会(生態系、環境、地域社会、地球規模での社会)で生きていきたいかを真剣に考え、その実現(満足)に向けて社会的に実践することが我が幸せに返ってくると考えられるならば、それは個人のウェルビーイングの指標となり得るであろう。このように考えて、Q9「地域の環境の質」への満足がウェルビーイングの一つとなるのである。

社会のウェルビーイングは、政治や経済、社会等活動の目標としても掲げられている。今日よく知られる代表例は、2015年に国際連合で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の「貧困」「飢餓」「エネルギー」などの17の目標(テーマ「貧困」「飢餓」「保健」「教育」「ジェンダー」「水・衛生」「エネルギー」「経済成長と雇用」「インフラ、産業か、イノベーション」「不平等」「持続可能な都市」「持続可能な生産と消費」「気候変動」「海洋資源」「陸上資源」「平和」「実施手段」(注3))であろう。それらは、国際機関や国の政府、企業等経済団体にとっては取り組むべき社会の課題であり、人びとのQOLや福祉に繋がるものである。そして、先の例と同様に考えて、その課題に関わる人びとにとって我が幸せに繋がるものと考えられるならば、それは社会のウェルビーイングと見なされる。図表4は、白井(2020)が最近のOECDのウェルビーイングの指標とSDGsの目標とを重ね合わせた図表である。両施策が車の両輪として進んでいることが見て取れる。

 


図表4 OECDのウェルビーイング指標と国連SDGsの関連
*白井(2020)、表2-1(p.65)より
(注3)文部科学省ウェブサイト「教育現場におけるSDGsの達成に資する取組 好事例集」https://www.mext.go.jp/unesco/sdgs_koujireisyu_education/index.htm(2021年10月4日アクセス)

 <

4.個別的水準で検討する時、社会のウェルビーイングを検討する時の注意点

近年、ウェルビーイングの概念が2つの方向で拡張していることを紹介してきた。1つは「2」で述べた個別的水準への拡張であり、もう1つは「3」で述べた社会のウェルビーイングへの拡張である。

しかしながら、「1」で述べたように、ウェルビーイングは本来、一般的あるいは抽象度の高い水準で、ライフ(生活・人生)における良い感情や状態(幸福や良い生き方、隆盛、人生への満足など)を、個人が主観的にどの程度持っているかを扱う概念である。個別的水準に落として実践的に検討するからと言って、それでウェルビーイングが本来的に持っている一般的・抽象的水準との関係を失うようでは、ウェルビーイングという用語を用いる必然性は弱くなる。たとえば、図表1で例示した個別的水準における「健康」の問題は、それが一般的・抽象的水準における幸せや満足等と繋げて考えられないならば、ただの健康問題に過ぎない。それはウェルビーイングの問題ではない。私たちは日常的に「人間関係」や「仕事」の問題について多く議論している。しかし、ウェルビーイングの問題を議論していると考えている人は多くない。それは、それらの問題を、一般的・抽象的水準における幸せや満足等と繋げて考えていないからである。

社会のウェルビーイングについても同様である。社会が取り組むべき課題を社会のウェルビーイングと見なすためには、社会の課題を個人が主観的に感じる幸せや満足等と繋げて考えられなければならない。その接続が十分になければ、それはただの社会課題への取り組みに過ぎない。図表4のSDGsの目標の中で「4.質の高い教育をみんなに」というものがある。学校教育に関する社会的な課題・目標としては重要であるが、それがある個人にとって我が幸せに繋がるものと見なされるかどうかはまた別の話である。その意味では、図表4のSDGsの目標の中には、「貧困」や「飢餓」、「健康」「安全な水やトイレ」「平和」「エネルギー」といった、多くの人びとの幸せや満足等に繋がるものから、「ジェンダー平等」「質の高い教育」「パートナーシップ」など、ある人びとには幸せや満足等に繋がるが、他の人びとには必ずしも繋がるとは限らないものまで多様に掲げられていることがわかる(注4)

いずれにしても、ここでの重要なポイントは、ウェルビーイングを拡張した近年の議論の中に以上のような問題が多く散見されるようになってきていることである。概念を実践的に検討できるようにしてきた代わりに、理解すべき概念構造はより複雑になってきていると言える。

(注4)自己実現で有名なマズロー(1964)の理論を援用すれば、前者の「貧困」や「飢餓」、「健康」「安全な水やトイレ」「平和」「エネルギー」といった目標は、衣食住や安全・安心などの人の生理的・精神的な生存的基盤欲求、すなわち、D認識(d-cognition:dは欠乏のdeficiencyから)に基づくものである。それに対して、後者の「ジェンダー平等」「質の高い教育」「パートナーシップ」などの目標は、人の至高な存在や幸福を求めた自己実現的な欲求、すなわちB認識(b-cognition:bは存在のbeingや生成のbecomingから)に基づくものである。B認識に基づく目標は、ある人びとには重要な目標であり、別の人びとには重要な目標ではない。あるいは、多くの人が重要な目標として賛同しつつも、その質については賛否が極端に分かれる、そのような目標でもある。

 

 

文献

Angner, E. (2016). Well-being and economics. In G. Fletcher (Ed.), The Routledge handbook of philosophy of well-being(pp.492-503). Oxfordshire: Routledge.

アナス, J. (著) 相澤康隆 (訳) (2019). 徳は知なり-幸福に生きるための倫理学- 春秋社

Glatzer, W. (2015). Monitoring and analyzing quality of life: An introduction. In W. Glatzer, L. Camfield, V. Møller, & M. Rojas (Eds.), Global handbook of quality of life: Exploration of well-being of nations and continents(pp.1-11). Dordrecht: Springer.

平石善司 (1951). エウダイモニア-アリストテレス倫理学の性格- 人文学(同志社大学人文学会),5, 62-86.

マズロー, A. H. (著) 上田吉一 (訳) (1979). 完全なる人間-魂のめざすもの- 誠信書房

溝上慎一 (2008). 自己形成の心理学-他者の森をかけ抜けて自己になる- 世界思想社

OECD (2013). OECD Guidelines on measuring subjective well-being. OECD Publishing. http://dx.doi.org/10.1787/9789264191655-en

Ryan, R. M., Huta, V. A., & Deci, E. L. (2008). Living well: A self-determination theory perspective on eudaimonia. Journal of Happiness Studies, 9, 139-170.

Ryff, C. D. (1989). Happiness is everything, or is it? Explorations on the meaning of psychological well-being. Journal of Personality and Social Psychology, 57(6), 1069-1081.

Shavelson, B. J., Hubner, J. J., & Stanton, G. C. (1976). Self-concept: Validation of construct interpretations. Review of Educational Research, 46, 407-441.

白井俊 (2020). OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来-エージェンシー、資質・能力とカリキュラム- ミネルヴァ書房

Tiberius, V. (2013). Recipes for a good life: Eudaimonism and the contribution of philosophy. In A. S. Waterman (Ed.),The best within us: Positive psychology perspectives on Eudaimonia(pp.19-38). Washington, DC: American Psychological Association.

Vittersø (2016). The most important idea in the world: An introduction. In J. Vittersø (Ed.), Handbook of eudaimonic well-being (pp.1-24). Switzerland: Springer.

Waterman, A. S. (2013). Introduction: Considering the nature of a life well lived: Intersections of positive psychology and eudaimonist philosophy. In A. S. Waterman (Ed.), The best within us: Positive psychology perspectives on Eudaimonia (pp.3-17). Washington, DC: American Psychological Association.

 

 

Page Top