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溝上慎一のホームページ
(記事・書籍等)【書籍】
武田明典 (編) (2017). 教師と学生が知っておくべき教育動向 北樹出版
溝上のコメント
- 本書は、現職教員の教員免許更新講習における研修項目を網羅したテキストである。近年のトピック、学習指導要領改訂のポイントなどもまとめられている。
- 「「アクティブ・ラーニング」という視点」というコラムがあり、これまでの動向がうまくまとめられているので下記に紹介しておく。
目次
第1章 学び続ける教師と学校文化のために
第1節 学びの専門家として育ちあう
第2節 授業研究と「学校文化」の形成
第2章 教師の成長と省察
第1節 教員免許状の軽重
第2節 従来の専門職とは異なる教師の専門性
第3節 更新制で培う教師の専門性と評価
第3章 教育政策と世界の動向
第1節 これからの社会と学力 / 能力像
第2節 PISAのこれまでとこれから
第3節 「2030年」の社会に向けて
第4節 グローバル的視点から見た日本の教育政策
[コラム1] 「アクティブ・ラーニング」という視点
第4章 学校教育における批判的思考と市民リテラシーの育成
第1節 はじめに
第2節 批判的思考とは
第3節 日本における批判的思考
第4節 市民リテラシーとは
第5節 まとめ:学校教育における批判的思考と市民リテラシーの育成
第5章 新学習指導要領の改訂のポイントと教育課程のあり方
第1節 はじめに
第2節 新学習指導要領の主要な改訂ポイントについて
第3節 学習指導要領の歴史的変遷
第4節 学習指導要領および教育課程編成の法的根拠
第5節 おわりに
[コラム2] 学校現場から教職を探る
第6章 子どもの貧困と学校教育
第1節 はじめに
第2節 現代の貧困とは
第3節 学校教育に何ができるのか
第4節 おわりに
第7章 連携・協議を重視した生徒指導のあり方
第1節 連会・協働の歴史と意義
第2節 効果的な連携・協働を進める
第3節 生徒指導における連携・協働の実際
第8章 学校における危機管理-保護者の対応から-
第1節 危機管理の3段階・5機能
第2節 教職員の危機管理力の育成・向上
第3節 危機管理の「さしすせそ」
第4節 危機管理の実際:保護者クレーム問題
第9章 インクルーシブ教育をすすめるために-合理的配慮と学習指導要領改訂のポイント-
第1節 はじめに
第2節 特殊教育から特別支援教育へ、そしてインクルーシブ教育システム構築へ
第3節 インクルーシブ教育システム構築のための「就学相談支援」と「合理的配慮」
第4節 特別支援教育と関わる学習指導要領改訂のポイント
第5節 おわりに
[コラム3] 児童虐待にあっている子どもに教師はどう対応するか
第10章 特別支援・個別支援で活用できる心理的アセスメントと教育
第1節 子ども理解のための心理的アセスメントの重要性
第2節 心理的アセスメントについて
第3節 学校における教師が行うアセスメント・ツール
第4節 アセスメントとそれに基づく教育についての留意点
[コラム4] Q-Uテストの活用
主な内容(抜粋は溝上による)
- pp.27-28
今次の改訂作業中の答申で使われてきたアクティブ・ラーニングという用語は、最終的に2017年2月の学習指導要領において、非常に多義的で概念が成熟していないとの理由で使用されなかった。しかし、これは不要な用語として除かれたのではなく、適切な理解醸成が図られないなか、法令用語としての使用は避けられただけであるという点に留意する必要がある。
アクティブ・ラーニングという用語がわが国の教育界にはじめて登場したのは、2010年8月の中央教育審議会による、いわゆる「質的転換答申」においてである。当該答申は、大学教育に対して、知識の伝達・注入を中心とした授業からの質的な転換を求めたものであった。その経緯から、本来大学に求めたものを小・中・高にあてがうことは適切ではないといった声を未だに聞くが、的を外れた意見と言わざるをえない。
ここで、アクティブ・ラーニング研究の先駆者であり第一人者である溝上慎一が、アクティブ・ラーニングについて「学校から仕事・社会へのトランジション」を背景としていると述べていることを紹介したい(溝上, 2014)。そして、溝上が、「生徒を仕事・社会に力強く送り出していくために、学校教育での育成課題が見直されている」とした上で、「大学教育だけの問題ではないし、初等中等教育だけの問題でもない。両者が、一つの同じ用語で、仕事・社会の出口をにらんで、それぞれの教育段階でできることを、下と上の段階もにらんでリレーして取り組んでいくことがなにより重要である(=トランジション・リレー)。」と述べていることに注目したい。(溝上編, 2016)。
第3章でも言及されたように、「21世紀型能力」、「社会人基礎力」、「基礎的・汎用的能力」等々、これらの能力は、まさに社会が子どもたちに求めているものである。言い方を変えれば、仕事・社会への円滑な接続を求めてなされた、教育界に対する社会からの強い要請である。そして今次の改訂にあたり教育関係者に求められていることは、そうした能力を育成するため、アクティブ・ラーニングを共通の用語として、校種間をつなぐ学びのリレーとする授業の質的改善である。
つまり、新学習指導要領では各校種において、児童生徒に対し、学習内容を自身の人生や社会のあり方と結びつけて深く理解させることが求められており、各授業者に求められていることは、自身の授業を省察することである。自校の児童生徒に正対し、校内だけで完結させてしまう知識・技能の習得にとどまらず、生涯にわたって通用する資質・能力を育成すべく、自身の授業計画のなかに、児童生徒の頭がアクティブに動くこと、児童生徒の頭のなかに「主体的な学び」「対話的な学び」「深い学び」を実現していくための適切・効果的な場面を創意工夫し組み込んでいくことが求められている。われわれ教育関係者は、今次の改訂を、仕事・社会への円滑な接続を図る、校種をつなぐ学びのリレーの観点から捉え、取り組んでいかなくてはならない。
以上の要件を踏まえるならば、具体的に実践をデザインする際には、上述のように児童生徒の頭や心がアクティブになるか、という点が重要である。調べ学習やプレゼン、話し合い学習というのは、アクティブ・ラーニングの一断面ではあるが、それだけでは学習の質を保証できない。必要なのは、真に話しあいたいと思える問いを提示することや、自らの学びを振り返る時間を確保することで、深い学びを促すことである(佐藤ら, 2015)。