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教育コロナ会議(ワークショップ)実施報告(2020.5.16版)
 講師:塩瀬隆之先生(京都大学 総合博物館 准教授)

 

テーマ

 前半)「オンライン授業がしたいのかオンライン学習をさせたいのか」
 後半)「休校解除後にもつかいたくなるオンライン授業の問いづくり」

 

進行

14:00-14:30 オープニング
 趣旨(溝上)
 ブレイクアウト「参加者同士の状況シェア」
 ※運用側のトラブルで少し中断
14:40-16:15 塩瀬隆之先生のワークショップ
 前半)「オンライン授業がしたいのかオンライン学習をさせたいのか」
 後半)「休校解除後にもつかいたくなるオンライン授業の問いづくり」
16:15-16:25 まとめ・閉会(溝上)

 

実施のまとめ

溝上:本日は350人くらいの方が参加していますが、約200人がオブザーバー参加です。今回は、京都大学総合博物館 准教授の塩瀬隆之先生に「オンライン授業がしたいのかオンライン学習をさせたいのか」、「休校解除後にもつかいたくなるオンライン授業の問いづくり」についてワークショップをお願いしている。
 冒頭でコロナ情勢下における学校の状況をまとめておく。緊急事態宣言は基本的には解除、あるいは解除の方向に向かっているという状況であるが、全国の状況は県によって大きく異なっている。本日の会議には中高、大学の関係者が半々くらい参加されている。大学は緊急事態宣言に関係なく前期あるいは第1・第2クォーターはすべてオンライン授業で行う大学と、6月から実験・実習等の一部の科目において対面授業を開始しようとする大学に分かれている。私のいる桐蔭横浜大学では講義科目はすべてオンラインで行うが、実験実習の授業に関しては再度の緊急事態宣言を想定しながら対面の授業を行う形で準備を進めている。
 中学高校の方は分散登校を基本としながら対面授業に戻していこうとする学校が特に公立に多く見られる。他方オンライン授業を4月、5月と作り込んできた学校は、分散登校を導入しながらも、当面はオンライン授業ベースで実施しようとしている。分散登校でどの程度実質的な授業ができるかが鍵となっている。ただし遅ればせながら公立の学校でオンライン授業の本格的な導入を進めている県が多く、再度緊急事態宣言が発令となり自宅学習となることを想定している。全般的には公私問わずオンライン環境を整えていくという全体の流れが見て取れる。
 大学、中高全般的に、今後日常の授業に戻った場合にも、今回のオンライン授業で構築した授業や学習経験を踏まえて教育全体が再構築されることが予想される。ブレンディッド型、つまり対面とオンラインを通常のカリキュラムでブレンドした形で授業が進むものが出てくると考えられる。海外の教育論の中では、ハイフレックスモデル(HyFlex model)と呼ばれて議論が始まっているようだ。もちろんコロナ禍以前もこのような議論はあったが、現況化で本格的に議論が進んでいる。この議論に関してはまたどこかで機会を設けたい。

 

塩瀬:京都大学総合博物館で准教授をしております塩瀬隆之です。今日のテーマですが、「オンライン授業がしたいのか、オンライン学習をさせたいのか」という問いがタイトルになっています。私はしばらく経産省で官僚をしていまして、その後大学に復職しました。中教審の数理探究の専門委員や京都市立堀川高等学校SSH運営委員をさせて頂いたりしております。元々が工学系ですので理工学的な物の見方を年齢問わず身につけてもらえれば、そういったお手伝いが出来ればと考えています。Zoomや LINE などを使った授業を4~5年しておりますので、その経験を皆さんに共有できればと思っております。オンラインの場合は(システムのトラブルなど)進行通りにいかないといった難しさがあるので、そのことで戸惑わないことが一番いいかと思う。予定を厳格に決めないということです。
 私自身は高校の教育の専門家ではないため、先生方に何かを教えるということはできない。しかしコミュニケーションデザインや問いのデザインなどを研究している観点から、先生方が考えられるきっかけをお手伝いができればと思っている。
それぞれ公立私立、同じ公立でも状況が違っていて、情報端末が生徒みなに行き渡っている学校もあれば、そうでない学校もある。生徒・学生のWiFi環境の問題、先生方のオンライン経験の不足や、生徒同士のオンライン環境への適応度の差、個人情報保護の問題などさまざまに課題はあるがこういったことはすぐに解決しない。それよりは皆さんが一緒に乗り越えるような対策を考えていきたい。
 例えば大学の話でいえば、京都大学では3月下旬ぐらいから、学部などは早ければ2月ぐらいからオンライン授業の準備をスタートしていた。3月本格的に休校措置が出た際に、学生に対して WiFi の状況調査を行った。すると下宿学生の一部は WiFi を持ってないことがわかった。一方、地方の国立大学の学生は大半が自宅生であり、WiFi環境に問題はなかった。大学の中でも都市部か地方か、実家か下宿かで状況が大きく異なる。小学校から高校の実家比率は当然高くなるが、地域によっては全員がオンライン環境を利用できるとは限らない。家にパソコンが1台しかないなど、いろいろな理由で参加できていない。
 みなさんからの質問に一点お答えしてブレイクアウトに移りたいと思います。今回あらかじめ頂いた私に対する質問の中に、Zoomで授業をする際に生徒が顔を出してくれない、どうしたらいいかという質問がいくつかあった。たしかにZoomを授業で使おうとする際にはビデオ、音声はオンにしてほしいと先生は考えると思うが、例えば今日に限っても全員が顔出しをして会議に参加しているわけではない。本日の参加者380人のうち200人ほどが傍聴である。今日はきちんと参加するつもりじゃなかったから、化粧をしていないから、部屋が片付いていないからなど、様々な理由があろうかと思うが、ビデオ+音声、音声のみ、名前のみの参加の比率はおおむねそれくらいになるのではないか。おととい私が高校教員の交流会をさせて頂いた際には16人が議論参加で50人が傍聴参加であった。おそらく普通に学校教室の中で授業をやっても、議論に参加している人数、比率はそれくらいになるのではないか。アクティブラーニングをしようとした時にみんながみんなディスカッションに積極的に参加したいかというとそんなことは決してなく、斜に構えて後ろで聞いている人たちもいれば、その外側で寝ている人たちもいる。デジタルになったからみんなが顔を出してくれないわけではなくて、その人たちは元々(対面であっても)議論に入らない人たちなのかもしれない。デジタルになると如実に不参加がわかってしまうだけのことだ。もしかするとオンライン授業だから議論に参加しないということではなく、そもそも参加したくないテーマだから参加しないという可能性がある。
 さらに傍聴にも先ほどの理由があるのと同時に、会議に参加していないことにも理由がある。今日はほかの用事があるから、子どもを迎えに行かないといけないから、子どもの塾でちょうど回線を使っているからなど参加できないことにもさまざまに理由のグラデーションがある。情報をすでに知っていて興味がないから参加しない人もいれば、さらにその外側に今日の会議の存在を知らない人たちもいる。参加する時点でスキル・関心・状況など、相当な段階の差がある。したがって急に始まったZoomの授業で全員が顔を出して、全員がこっちを向いて、全員が集中して聞くという想定自体が、そもそもずれているのではないかと思う。
 私は授業の中で全く顔を出さずに音声だけで行うワークショップをやったことがある。最近は名前すらすべて消して誰がだれだかわからない状態でやるZoom飲み会等もあるようだ。もしかするとそういったことを学校の中で行ってみれば、いろんな段階で学生・生徒がオンラインで参加できるのではないか。
 実際に名前だけで参加している学生は入ったふりだけをしてどこかにいっている場合や、ゲームをしている場合、 LINE をしているケースもあるだろう。そんな状況も含めてもそのまま話し続けるとあらかじめ学生には伝えている。そんな状況でも学生は一応繋いでいるのだから繋ぐ意思はあるのだろうと受け止めている(ここでは授業受講についてのみの話題であり、議論などの態度とは別に成績評価は課題提出などを別途組み合わせて対応するという意味で条件を緩く設定している)。

 

※塩瀬先生がワークショップで行ったことをまとめてくれました。
------------------------------------------------------------ ■「オンライン授業がしたいのかオンライン学習をさせたいのか」を問う<ブレイクアウトルーム・テーマ1>
・このタイトルを聞いて率直にどう思ったかを言葉にする
  A)我が意を得たり、B)意味が分からない、C)少し腹が立つ
・溝上先生から本講座を依頼いただいた際に検討した他候補と見比べる
1)「オンライン授業の成否を左右する問いのつくり方」
2)「休校解除後にも使いたくなるオンライン授業」
3)「オンライン授業の可能性を自ら探りたくなる仕掛け」
4)「オンライン授業がしたいのかオンライン学習をさせたいのか」
5)「オンライン授業をクリエイティブにするには?」
・結果として4)になった背景についてご議論いただいた。
■「休校解除後にもつかいたくなるオンライン授業の問いづくり」
・生徒が夢中になるような「ZOOM●●」を考えてから授業を考えてはどうか
・たとえば「ZOOM肝試し」、音楽室でショパンを弾く校長先生、理科室で腕立て伏せをする先生、など。生徒は皆自宅で部屋を暗くしてZOOM参加するなど。
・生徒がまず夢中で参加したくなるくらいのアイデアでZOOMを使い倒す
・(オンラインでつながることが)楽しいものだと共有できてから授業の中でどう生かすかを考えるという手順
■休校解除が6月になされたとき、6月に優先すべきことを考える
 「4、5月の遅れを取り戻すこと」か「7月などに万一第二波が訪れたときの備え」、この二つを考えたとき、いろいろな立場で動きが分かれるとは思いますが、砂嵐をやり過ごして元に戻ったと考えるのか、さらに幾度と訪れる可能性のある砂嵐に備えるのとでは大きく変わってきます。そういう意味で6月に何を優先すべきか、作戦を考えていただきました。(どちらも大切なことは間違いないが、あえて意識に残して考えていただくという意味で、二項対立的に極端な思考をお願いしています)
■最後に
 先生自身が眉間にしわを寄せたままの不慣れなオンライン授業では生徒も楽しむことが難しくなります。先生のなかで「しんどい」「嫌々」で触っているオンライン授業のままでは、生徒に届くようにはなかなか考えにくいはずです。よき「オンライン先生」になるよりもまずは「オンライン生徒」になるつもりでいろいろ試してみる機会になれば本望です。

 

■本日ご紹介したZOOM利用のチップス集です(講座の中でその都度ご説明したものです)
1)PCの位置を目線まで高くする
・机にPCを置くと目線が低くなる
・生徒側には上から見下ろしているように映るので上下関係のように威圧感が出てしまう
・PCやタブレットの下になんでもよいので台座を置いて目線をあわせてみる
・目線がまっすぐになると対面しているように見えます
・先生自身の首も下に曲がりすぎないので長時間つないでも疲れにくくなります
2)[反応][挙手][チャット]を最初に練習
・ZOOMに用意されている機能であるが、双方向でも使い方を知らないとほとんど使われることがない
・ホストから逐一生徒に向けて声をかけてできるだけ反応(いいね・拍手)や挙手を多用してもらう
・チャットにふだんからいろいろ書き込みを促す
・40人以上では書き込みすぎても情報が流れてしまって見えなくなるため要点のみにする
 (今回の講座ではチャットの練習のため皆さんには思いっきり何度も書いてもらいました)
・ブレイクアウト時はチャットも少人数用に切り替わるため元のチャットに書き込んだ情報が伝わらない
・各ブレイクアウトルームにはホストのブロードキャストを使えば全員に通知することができる
・ブレイクアウトルームの中のチャットは全体の保存記録には残っている
3)チャットによるファイル共有
・チャットでは文字情報以外にもURLやファイルのやりとりなどができる
・PCではチャットに直接ファイルをアップロードして共有も可能
・ただし古いPCでは使用不可(https://zoom-japan.net/how-to-use-chat/)
・タブレットとスマホもうまくいかない
・その場合はGoogleDriveなどストレージサービスを利用
・自治体によってはGoogle禁止のところもあり、他の民間のストレージサービスを利用する
4)ビデオによる顔出し
・ビデオ+音声 > 音声のみ >名前のみ、3段階の参加者を許容する
・「顔を出したくない」もあれば「顔を出せない」もあるので事情をくむ
・学校の対面でもやる気の三段階だと思えば実は同じこと
・参加者同士に声をかけて顔があってもなくても気にせず議論を進める
・一度極端に全員声だけで議論などしてみると喋り方のコツがわかる
・それでも顔を見たい場合は、授業の最初と最後だけ、ビデオ+音声オンをあらためて声をかけてみるなど
5)ZOOMの背景を使った意思表示
・ZOOMは任意の画像をバーチャル背景として設定ができる
・そのバーチャル背景に「賛成」「反対」「わからない」などわざわざは発言しにくい文字をあらかじめ用意しておく
・グループ全体、クラス全体で同じ壁紙を共有しておくと、グループワークがしやすい
・PCによっては背景変更ができない古い機種もあるので注意
・タブレットやスマホはデータの保存箇所がわかりにくいので前もって準備が必要
・どうしても背景が変更できない場合は、色紙や色スケッチなどをカメラに近づけて大写しすることでも十分に色を伝えることができる
・決まった方法以外にも2の手3の手と迂回方法がいくらでもあることを皆で探っていく
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塩瀬:最後に私自身がちょうど去年年末ぐらいに高校生達と行ったワークショップを二つ紹介させてほしい。
 一つは「理想の授業づくり」というワークショップで、生徒と先生の両方で授業を作るというものだ。先生はどんなにやる気のない生徒であっても惹きつける授業をすることが求められ、生徒側にはどんなに声が小さくて面白くない先生であっても盛り上がる理想の授業態度を考えてもらう。先生と生徒同士でフィードバックや修正を繰り返しながらどうすれば面白い授業を作れるかを考えてもらうワークショップである。
 なぜこのようなワークショップを実施したのか。日本は子どもたちが社会を変革できると信じる割合が諸外国に比べ低い。私はこの状況を問題視している。平成26年版の内閣府の若者白書によれば、日本は「社会現象が変えられるかもしれないと信じる若者」の割合が、アメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・スウェーデン・韓国の子どもたちと比べて少なかった。
 生徒にとって学校や授業は社会そのものである。したがって生徒が社会を自分たちで変えられるかもしれないと可能性を感じる場所は、学校であり授業なのかもしれない。生徒が授業の中に自分たちが変革できる余地を感じることができれば、学校や社会に対しても自分たちが意見を出したり変革する可能性を感じられるのではないか。授業を生徒と先生が一緒に作るということは、生徒にこのように変革の可能性を感じてもらう非常にいいチャンスである。そして今回の(コロナ禍の)オンライン授業はまさにそのチャンスが一気に来たと解釈することで乗り越えられるのではないかと思う。6月に生徒も交えて一緒に授業をどうやって実現していこうと問いをぶつけられたなら、クリエイティブな6月を迎えられるに違いない。是非チャレンジしてもらえたらと思います。
 次にもう一つのワークショップは、「貧困について考える」ワークショップである。そこではノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏と高校生たちが「貧困とは何か」について対話する機会を設けることができた。生徒たちには氏と会う前の30日間毎日貧困とは何かについて考えてもらった。生徒は1週間もすれば言葉が足りなくなり、その渇望の先にだれかと話すことや知識が必要だと気づく。そのうえで厳選された問いをいくつかユヌス氏にぶつけ、生徒と対話をしてもらった。生徒は対話の中で、大人であれば絶対にしないような率直な問いをたずねていた。たとえばある生徒はユヌス氏に直接自分たちと同じ課題をするとしたらと前置きして、「貧困とは何か」について直接投げかけた。主宰者としての私は内心はらはらしたがユヌス氏は怒ることもなく、「機会の否定(Denial of the Opportunity)」と即答した。高校生は自分たちが懸命に考え抜いた問いによって、おそらく世界で一番貧困とは何かについて考えている人からその考えを引き出せた。これは高校生にとって大きな経験であったと思う。
 これまで生徒たちは大人がすべて設えたものを小さく体験することばかりをしてきた。ユヌス氏は繰り返し、大人が引いたレールと大人が用意したルールの外側にいかに自分を見出すのかが大切だと述べていた。生徒が自分たちで考え尽くした結果として安易に解決することではなく、自分が本当に解決できない問題の中に組み込まれていることを理解することができたのではないか。そのことを考えてくれるチャンスとして今回のワークショップを作りこんだ。この経験を通じて私は、先生がすべてを知っていて完璧な授業をすることだけが高校生のチャンスではないと思った。つまり、今回オンライン授業・オンライン学習で右往左往している学校の状況は(高校生にとって)格好の学びの場であるということだ。ぜひ先生方としては生徒も一緒に巻き込んで困難を乗り越えるという、大きな探究活動のテーマに取り込んでもらえたらと思っている。
 現状、どの先生もオンライン授業の練習ですごく頑張っておられ、疲れているような気がしている。まずは良いオンライン先生になるよりも、よいオンライン生徒になることが必要なのではないかと思う。全国にいるどの先生もふつうの授業を生徒として何百、何千と受講してきた上で授業のプロになってきたが、オンライン授業を何百、何千と生徒として受講したことのある人は多くはないはずである。まずは「ZOOMってこんなに面白いんだ」「ZOOMを楽しくするにはどうしたらよいのか?」など、ZOOM以外のオンラインツールも含めて面白くする、楽しくすることに対して生徒を巻き込んでどんどんやってもらえればと思う。もちろん技術なので(システムトラブルも含めて)うまくいかない時は必ず出てくるが、SlackでもLINEでもバックアップツールを利用しながら前に進んでいけたらと思う。この二つのワークショップの話は、新著『問いのデザイン』の中にも記載があるので、興味がある方は読んでいただければ嬉しい。
溝上:一点質問させてほしい。今回参加者の中から、オンライン授業を進めていく中での評価、目標に向けてのプロセスを知りたいという質問があった。学生に顔出しや声出しなど、参加を強要できない状況がオンライン環境では生じる。実際の教室であればやや強制的に参加させていくところであるが、このオンライン環境下では生徒・学生の関わりを尊重しないといけない。対面でアクティブラーニングを行うときには、知識だけでなく、話し方、声の大きさ、他者への関わりなども資質・能力の育成の対象となる。オンライン授業では、どのように考えていけばいいか。
塩瀬:例えばこちらが場を用意して自分でディスカッションできる力だけでなく、その場を自分で維持できるかどうかも今後求められる力の一つであると思う。ZOOMでもSkypeでもSlackでも、どのツールでもいいが、オンラインでディスカッションできる力は今後仕事に絶対に役に立つ。対面で会うことさえすれば説得も交渉も議論もしっかりできるという能力だけでは、今回のようなオンライン状況下では活きてこない。対面も得意で、オンラインも得意で、両方を使いこなせることが求められる。
 ディスカッションというのはただ意見を言うだけではなく、その意見を言い合える関係を自ら作ることだと思う。対面であればノンバーバルなジェスチャーや相手をしっかり見るということがうまく伝える技法に、一方オンラインであれば声が届かない場合に発言を整理してチャットやメールで送ることがうまく伝える技法になってくる。オンライン環境でディススカッションできる力を合わせてつければ、その後コロナ禍が終わって対面環境が増えてきたとしても、オンラインでの技法はそのまま活かせる。オンラインのディスカッションではシステムトラブルや相手の表情がうまくとれないなど、ちょっとしたアクシデントでいちいち崩れない頑健性がすごく大切だと思う。オンライン上のディスカッションも新たなコミュニケーション能力だと思えば、いま学校で教えてようとしている主体的で対話的で深い学びの力の一つである。オンラインは対話が成立せず浅い話しかできないと揶揄されることがあるが、それは使い方が修練していないだけである。オンラインでもオフラインでも、主体的で対話的で深い学びが出来ないのはただの経験不足にすぎない。
 私がLINEで授業をしていると、生徒たちから対面の授業よりこちらの方がいいという声が授業のはじめにあがることがある。話を聞くと、対面の授業であれば知識が多い人、声が大きい人などが発言権を握るケースが多いが、LINEなどのチャット環境であると別の生徒にもチャンスが回るので公平だという。しかし、しばらく続けていくと、LINEなどオンラインツールであれば親指による文字入力速度の速さがオンライン発言権であることに気づく。テーマの向き不向きがあることもわかる。このようにオンライン環境でのディスカッションする能力がついた生徒は、今度は対面になった際にもディスカッションの方法がガラッと変わる。そういった生徒の成長点を見てもらうと、オンラインが対面の真似事や劣化版ではないことに気付けるのではないか。そういった新しい対話力の評価視点をもってほしい。
溝上:有り難うございます。私の方でまとめて会を終わりたいと思います。
 先生のお話で非常に重要だった点が、オンラインで培える力と、対面で培える力は同じではないという点だ。オンライン授業と対面授業で同じものを実現しようというのはおそらく考え方が間違っている。大学の中には4月の早い段階でシラバスの内容をオンライン向けに書き直させたところがある。それは、対面授業とオンライン授業とでは、育てようとする知識や資質・能力が違うと考えての表れとも見える。シラバスにはその授業で身につける知識、能力が書かれているはずである。今後は、オンライン授業ならではの力を身につけるような形でシラバスを書いていくことも必要となるかもしれない。
 塩瀬先生から6月、7月をどのように過ごすかが重要であるという重い課題が出された。現段階はすでにリスクマネジメントを行う段階ではない。私たちは4月、5月の前半を過ごしてきた中で、様々な問題をすでに経験している。それを組み込んだマネジメントを検討していかなければならない。レジリエンスやレジリエントのマネジメントと呼ばれる。レジリエンスとは困難や危機に直面しながらもそれをその後適応していけるように回復させていく力を表す概念である。跳ね返りとか回復といった意味が辞書では出てくるのは、そういう意味である。私たちは今大変な局面を経験しているが、それらの経験を踏まえて新しい6月7月のマネジメントを作り直していかなければならない。
 オンライン授業のメリットについて。オンライン授業には対面授業にはない、オンラインならではの良さというものがいくつもある。たとえばオンラインコンテンツというのは短い時間で知識の提供が可能である。その良さを経験した私たちとしては今後、50分あるいは大学では90分など、延々とコンテンツの提供をしないといけないのかということが問われてくる。この話は以前京都大学にいた際に薬学部の先生からお伺いした話にも通じている。その先生は、90分の講義を反転授業で行えば講義部分が20分程度で終わることに驚かれていた。実際の授業では学生の理解や雰囲気を見ながら説明し直したり、例を多めに入れたりということをしているのだろう。知識の提供ということであればオンラインコンテンツというのは非常に優れており、自分のペースで、ときに何度も繰り返し見ることができるという利点がある。これは対面授業ではなされなかったものなので、既にオンライン授業・学習を経験した教員・学生生徒としては考慮されていくものとなろう。
 一方で対面でしか育てられない部分がどうしても残る。塩瀬先生のおっしゃった言葉であれば、ノンバーバルなジェスチャーや表情はオンライン環境で育てることは難しい。そういう面が次々に炙り出される中で、次の世代の教育を作り直していくことと予想される。今後これまで通りの教育に戻ると考えている学校もあると思う。しかし世界的な動向をみるとオンライン環境をうまく取り入れる学校とそうでない学校の間には大きな格差が生じ、それらが社会に問われてくるということが起きてくるはずである。

 

※以下、参加者の感想です。
・大学(私立):塩瀬先生のWSで印象に残ったのは、やはり、「オンライン学習させたい」ですね。とりあえず、コンテンツを提供するところの段階です。これを進めて、考えさせて、考えさせて、言葉にさせて、考えさえて、知識の渇望を実感させて、議論させるような、仕組みを組み入れていきたいと思います。これは、リアルタイムでなくても、工夫すればできることです。現在でも、出席代わりに掲示板での感想を書かせていますが、見ていると、やはり、現実社会に結びついた話題に落とし込むと理解しやすいのを実感したりします。そんなときは、特に、うまく言葉にしている学生が目立ちます。こんなことに注目するんだと思う学生もいたりします。その言葉のシャワー(270名が書きますので)も学生には、訓練になっているかもと思います。これは、オンラインの副産物かと。もう少し、考えて工夫していきたいと思います。
・高校(公立):オンラインと対面授業のそれぞれの性格を考えて、生徒の学習の機会を保証することが大切だと感じました。「オンライン授業」が手段から目的に変わってきていると感じていて、やはり原点に立ち返って、生徒の学びを促進させるためにはオンラインでも生徒と授業を創り上げていくことが重要であると痛感しました。
・高校(公立):塩瀬先生のワークショップ、とても面白かったですし、学ぶことも多かったです。最近、オンライン授業をつくることが目的化していると感じていましたので、あくまでも手段であり、何を目的にしているのかをしっかり考えないといけないと感じました。また、生徒と創る授業ということも大切だと思いました。
・小学校(公立):貴重な機会をいただきありがとうございました。今回、初参加でzoomも初体験だったので、オブザーバーとして参加させてもらいました。なかなかネットでのコミュニケーションにもLINEやメールでしか慣れておらず、チャットにもドキドキしていましたが、次回は意見交換にも参加できればと思いました。まさに、まずは自分が体験し、子どもたちの気持ちにもならなければ!!というかんじです。
 研修会、参考になることがたくさんありました。受け身として話し合い、講義を聴くというのは、受け手が聴くという強い意識がなければ、いけないのですね。それと同時に、今日溝上先生や塩瀬先生が常に私たちに話しかけてくださったように、授業をする方も聞き手を常に意識しておかなければいけないことがよくわかりました。初心者の感想です。
・小学校(公立):私は公立の小学校勤務ですので、世間からとても遅れていると思います。私の目の前にいる子どもたちが成人するときには、今以上に情報化社会になっているのに、それを見通した教育、塩瀬先生がおっしゃったzoomでの学習でつけたい資質、能力を明確にすることが大切だと思いました。次の10年後の新学習指導要領のなかには入ってくるでしょうか…
・高校(私立):オンラインも対面もツールでしかないという話が塩瀬先生からありました。ブレイクアウトルームでも、盛り上がった話に、生徒の学び方はいろいろあり、生徒によっては対面よりオンラインの方が好き・向いている生徒もいるのではないかという話になりました。オンライン授業に取り組んだ学校では、2~3割の生徒から「オンライン授業を学校が再開しても続けて欲しい」という意見があったと伺いましたし、塾をされているところでは普段の授業では何も言わないがチャット上では積極的な生徒もいると伺いました。今後オンラインという手段が増えれば、生徒たち個人個人によりあった学び方を選択できるようになる気がしました。
高校(県立):一番印象に残ったのは、教員の側がオンライン学習を楽しんでやるという部分です。画面を見て「教員が眉間にしわをよせている」という塩瀬先生の譬えは、まさに本質をついていると思いました。オンラインのツールは数々ありますが、大切なのはやはり「教育」で、どのようなゴールを目指しているのかを忘れてしまうと、ツールに踊らされることになりかねません。
・高校(行政):私も含め、自分自身が受けてきた教育の呪縛、○○であらねばならないという制約から抜け出ることは難しく、なかなか一歩を踏み出せない状況がありますが、いざ、体験してみると、塩瀬先生が仰るオンライン学生として体験してみると、呪縛から解き放たれるような解放感を感じることができると思いました。まずは、職員会議などで、あれやこれやと試してみるのも一つの手かもしれませんね。
・大学(私立):おかげさまで、来週からの短期的なオンライン授業をどう行うかから、もっと先を見据えて、今後どのように学生に何を学ばせるかについて考える機会となりました。ブレイクアウトルームでも、小中学、大学、プライベートスクールと様々な背景の先生と課題を共有し、意見を交換する得難い時間を持てました。伺ったお話の中の「オンライン授業は対面授業のコピーではない」という言葉が特に印象に残りました。勤務校では、オンライン授業で「できないこと」「マイナス」ばかりが話題にあがり「早く対面授業を再開したい」という意見ばかり出ますので、オンラインならではの面白み、効果を創出し、学内で情報交換していく場を作りたいと思います。
・大学(国公立):このひと月ほどの間、”未知の世界”に挑む教員たちに向けて、沢山のライブ配信によるワークショップや勉強会等が開催され、色々参加させていただきましたが、本日のワークショップが参加して最も充実感、満足感を得られた内容でした。塩瀬先生のお話で、私が一番感動したのは、「オンライン授業を教師と学生(生徒)全員で作り上げていこう」というお話のところでした。内閣府の国際比較のデータ(「自分の参加により、社会現象を変えられるかも知れない」と考える若者の割合)を紹介されながら、学校が「社会」になる子供(若者)たちにとって、自分たちの力で授業をよりよいものにできるという経験は、「社会を自分たちの力で変えられるかも知れない」と信じる創造的自信を持たせることができるのではないか、というお話です。

 

 

→過去の記事(目次) http://smizok.net/education/subpages/a_corona.html
◆高等教育
・教育コロナ会議(2020.5.2版)
  ①オンライン授業における学生のモチベーション/②対面授業とオンライン授業の相違点を知る 
・教育コロナ会議:コロナ情勢に対する学校の状況(2020.4.29版)
・教育コロナ会議:コロナ情勢に対する学校の状況(2020.4.21版)
◆中学高校
・教育コロナ会議(2020.5.9版)
  ①オンライン授業における生徒のモチベーション/②対面授業とオンライン授業の相違点を知る 
・教育コロナ会議(2020.5.2版)
  「公立中学高校の力強い取り組みから学ぶ組織マネジメント-園部中学校・若狭高等学校の事例から-」
・教育コロナ会議:コロナ情勢に対する学校の状況(2020.4.29版)
・教育コロナ会議:コロナ情勢に対する学校の状況(2020.4.21版)

 

 

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