このページは、溝上の学術的な論考サイトです。考えサイトポリシーをご了解の上お読みください。         溝上慎一のホームページ

 

 

(用語集)エリクソンのライフサイクル論における漸成図式

 アイデンティティ発達やライフサイクル論で有名なE. H. エリクソン(Erikson, 1963)の「漸成図式(epigenetic chart)」(図1を参照)を説明しよう。出典は古いが、発達の基本的な見方を提供する図式として長く心理学者の間で引用されているものである。


図1 エリクソンの漸成図式
*Erikson(1963)、Figure 12(p.273)をもととして、エリクソン(2011)の訳出を参考にして筆者が作成

 

 この図式の秀逸なのは、各発達段階で特徴的な危機(たとえば、自律 対 恥と疑惑)を対角線上に置き、残りをマス目にして、ある発達段階に特徴的な危機がライフサイクルのなかで繰り返し解決されるものであることを表している点にある。このマス目によって、ある発達段階の危機を克服することが、後続の発達段階の良好な発達を必ずしも保障しないことを表すことになる。
 乳児期(発達段階1)の危機である「基本的信頼(basic trust)」を例にして説明しよう。基本的信頼は、エリクソン以前より多くの議論があった。たとえば、ベネディック(Benedek, 1938)の、乳児期に形成される赤ちゃんと養育者との「信頼の情緒的関係(emotional relationship of confidence)」はその一つである。その後、赤ちゃんと養育者との心理社会的相互行為が、赤ちゃんの他者を含む外界へのシンボリックな基本的信頼を形成するというウィニコット(Winnicott, 1957, 1988)やエリクソン(Erikson, 1963)、ひいてはボウルビィ(Bowlby, 1952)のアタッチメントの論として発展し、今日に至る。エリクソン・ライフサイクル論の代表的な概念である漸成図式は、このような乳児期の危機である基本的信頼が、その時期に乗り越えられることで事済むわけではなく、幼児期、児童期、青年期・・・と後続の発達段階で、拡がる社会的関係、社会的役割等との関係で繰り返し課題化され、乗り越えられなければならないものとなることを示している。たとえば、乳児期で溢れんばかりの愛情を受けて外界への基本的信頼を形成した赤ちゃんが、児童期になって親は離婚し、学校ではいじめを受け、外界に不信感を募らせるといった状況がそうである。図1では、この部分を1-2~1-8として示している。このように、児童期・青年期等で基盤となる関係性は、乳児期の基本的信頼に形成の基盤が求められるにしても、それは後続の発達段階で人によっては何度も再構築されなければならないものなのである。
 ライフサイクルの最終段階であるインテグリティ(これまでの人生で起こった出来事、それに関わった自己や他者を受容し、統合すること)も、この図式を用いれば、それらが成人期後期や老年期になって形成されるものではなく、原初的ではあっても、それは乳児期以来形成されるものだと理解される。図1では1-8~7-8として示している。死あるいは死生観のようなものも、この段階に当てはめて同様に理解できると思う。

 

文献 

Benedek, T. (1938). Adaptation to reality in early infancy. The Psychoanalytic Quarterly, 7, 200-215.

Bowlby, J. (1952). Maternal care and mental health: A report prepared on behalf of the World Health Organization as a contribution to the United Nations programme for the welfare of homeless children. Geneva: World Health Organization.

Erikson, E. H. (1963). Childhood and society. 2nd ed. New York: W. W. Norton.

エリクソン、E. H. (著) 西平直・中島由恵訳 (2011). アイデンティティとライフサイクル 誠信書房

Winnicott, D. W. (1957). The child and the outside world: Studies in developing relationships. Edited by J. Hardenberg. London: Tavistock.

Winnicott, D. W. (1988). Babies and their mothers. Forward by Sir P. Tizard and edited by C. Winnicott, R. Shepherd, & M. Davis. London: Free Association Books.

Page Top