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このYouTubeビデオは、私が教育顧問を務める桐蔭学園で、アクティブラーニング型授業(以下、AL型授業)の改革を始めて2ヶ月で「ここまではできた!」という記録を残すべく、編集して公開しているものである。
YouTube「【アクティブラーニング】大学・社会へとつなげる桐蔭学園のAL」(2015年7月2日)
https://www.youtube.com/watch?v=9lOTu9blXwk&feature=youtu.be
以下は、ビデオの背景となる解説である。
学校法人 桐蔭学園(とういんがくえん)は、1964年に設立された横浜市青葉区にある私立の学校である。幼稚部から大学・大学院まで擁する総合学園である。
私が教育顧問として関わっている中等教育段階は、とくに大きな組織となっている。中学校・高等学校の①男子部(3年+3年)、②女子部(3年+3年)、それに③中等教育学校(6年一貫、男子のみ)の3学校があり、男子部は「理数科」「普通科」、女子部は「理数コース」「普通コース」にさらに分かれる。生徒数は①~③をあわせて、中学段階で1学年約500人、高校段階では1学年約1,100人である。専任教員数は約300人であり、基本的に①~③のいずれかに配属されている。
少子化、生育環境の変化が進み、入学してくる生徒が多様化する現象が桐蔭学園でも起こっている。これまで桐蔭学園が築いてきた教育法、習熟度別のレッスンシステム(注1)が有効に響かない生徒が増えている。とくに中下位層に響いていない。都心部の公立高校の大改革が進展し、同じレベルならそちらへ進学する生徒が増えてきて、結果入学者の質が変わってきている。社会は大きく変化し、大学へ進学させること以上の学力が求められるようになっている。
このようななか桐蔭学園は、2014年に創立50周年を迎え、これを機にこれまでの教育を見直すこととした。大学へ進学した後も力強く学び、そして変化の激しい社会に出た後も自ら考え判断し行動できる人間になってほしいと考え、「自ら考え、判断し、行動できる子どもたちの育成」を教育目標として掲げ改革に着手した。
改革が進むなかで、(2014年11月に)下村前文科大臣の中教審への諮問(注2)がなされ、次期学習指導要領改訂の目玉の一つに「アクティブ・ラーニング」が示された。私がこの時期に講演に伺ったこともあって、教育目標を実現する具体的な活動のトップ項目に「アクティブラーニング型授業」が設定された。私は(2015年)4月より教育顧問として就任し、アクティブラーニングを組み込んだアクティブラーニング型授業の中学高校版の改革を指導することとなった。
2015年4月、アクティブラーニング型授業以外にもキャリア教育やサイエンス教育など7項目を加えて、教育目標を実現する具体的な活動「アジェンダ8」を策定し(下記を参照)、保護者、生徒等学園関係者にリリースした。
(注1)桐蔭学園では、数学、英語、理科、国語において習熟度別クラス編成をとっている。「レッスン」と呼ばれる。
(注2)文部科学大臣下村博文 諮問「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」(2014年11月20日)
桐蔭学園のアジェンダ8 1. アクティブラーニング型授業 |
5. サイエンス教育 |
(1) 推進学年の設定
桐蔭学園は、高校段階で1学年約1,100人を抱える大きな学園で、対応する教員数も1学年60人以上にもなる。この規模の学校に全体で研修を入れていくことは不可能だと思われたことから、初年度は、
・中学1年(中学校の男子部・女子部1年と中等教育学校1年)(注3)
・高校1年(高校の男子部・女子部1年と中等教育学校4年)
を対象として、AL型授業の導入をおこなうこととした。順次新学年で導入をしていき、3年かけて学園全体へと拡げる計画を立てた、
(注3)内部では「中1/等1」「中1/等4」といった呼称が用いられるが、外部にはわかりにくいので、本ページでは「中学1年」「高校1年」と呼んでいく。
(2) AL推進委員の設定
中学1年と高校1年の受け持ち教員を合わせると計100人以上にもなる桐蔭学園であるから、いろいろ考えて、「アクティブラーニング推進委員」(以下、AL推進委員)を中心とした推進体制を構築することとした。AL推進委員には、中学1年・高校1年それぞれ15名、計30名(推進学年の教員の3割に相当)が任命された。15名という数字は、1学年あたりの5教科×3学校の教員数である。具体的には下記に通りである。
✓中学1年:5教科(英語・数学・国語・理科・社会)×3学校(男子部・女子部・中等教育)=15名
✓高校1年:5教科(英語・数学・国語・理科・社会)×3学校(男子部・女子部・中等教育)=15名
基本的には、AL推進教員を対象に研修をおこない、彼らが得たノウハウやすすめ方を他の教員に伝えていくという方式で推進した(注4)。
(注4)AL推進委員は与えられた役割・責任と、頻繁になされる研修やML上の議論などもあって、短い期間で桐蔭学園の生徒に響くAL型授業を開発・推進していった。その結果はYouTubeビデオで示した通りである。しかしながら、AL推進委員以外の教員で、AL推進委員と交流してAL型授業に積極的に取り組んだのは全体の約1割程度であった。残りの教員は、ALを導入はしたものの形だけであり、積極的なAL型授業への転換と呼べるものには至らなかった。ここに研修が行き届かない構造的な問題があるのは明々白々で、この問題は2年目以降の課題として引き継がれた。1年目は総じて、AL推進委員とこの1割を足して、計4割の教員がAL型授業の開発・推進を積極的におこなったと、外部には報告している。
(3) 導入期の研修
2015年度からの実施に向けて、新中学1年の教員は1年かけて、今でいうところのAL型授業の導入に対する準備をおこなってきた。しかしながら実は、新高校1年の教員はその対象とはなっていなかった。2014年度の前半では、中学1年から上げていって、6年かけて完成というスケジュールで改革が進められていた。しかし、2014年11月に前文科大臣から中教審へ諮問が出され、次期学習指導要領にアクティブラーニングが導入される見通しが示された。年が明けた(2015年)1月には、いくつかの県の教育委員会、意識の高い中学高校は、アクティブラーニングの導入に向けての研修をさっそく始めていた。こうしたなか桐蔭学園は、ゆっくり6年かけて改革を進めるか、ペースを上げるかの決断を迫られることとなった。
私が教育顧問として学園のAL型授業の改革を指導することが決まったのは、ちょうどこのような時期(2015年2月)であった。私はこの問題に対して、高校1年も推進学年に含めて3年で改革を一巡させる案を提案した。初年度の前半は試運転でもいいので、拙いものでもいいので、まずはAL型授業に教員も生徒も慣れることだけを目標として始めましょう、と申し上げたのである。この提案は受け入れられ、(2015年)4月から、(新)中学1年、高校1年を受け持つ全教員はAL型授業を実施すべし、との学園からの通達がなされた。3月に入ってからのことであった。
中学1年を受け持つ教員は1年間の準備期間があったが、高校1年を受け持つ教員は、何年か先だと思っていたものが1ヶ月先に実施しなければならなくなり、大きな不安を覚えた。12月に一度全体研修をしたものの、その程度のことで、多くの教員がAL型授業の理論や意義を理解しているわけではなかったし、授業の技法も何も持っていない状態に近かった。そこで、新高校1年を受け持つAL推進委員15名と学年主任、プロジェクトの責任者を対象にして、3月27日に1泊2日の研修合宿をおこなうこととした(写真1)。
写真1 AL推進委員を対象とした研修合宿(2015年3月27日)
2日間の研修では、一人ひとりがALに対してどのように理解し疑問を持っているかを出し合い、共有をし、率直に議論をおこなった。ここにはかなりの時間を割いた。というのも、現場の教員が本気で取り組むためには、上からの通達で十分であるはずがなく、この改革が重要だと彼らが心から理解する必要があったからである。100%理解できなくても、自らの推進となる程度には理解する必要があった。そして、この議論の過程で、「授業開始時のウォームアップ」「ペアワークやグループワークのしかた」「前に出てきて発表」という、ALの基本的な技法を体験的に演習した。教員同士で「こうやったらいいんじゃないかな」と教え合い、懇親会もおこない、1つでも疑問を解決しようと議論を続けた。最後は教科ごとに集まって、4月からどのように教材をAL型にしていくか、教科固有の検討をおこなって合宿研修を終えた。
ふり返ってみて、この研修合宿はやって良かったと思う。というより、やらなかったら、きっと改革は初っぱなから頓挫していただろうと思う。教員間の結束力や信頼感は相当高まり、失敗をたくさんしてもいいので、走りながら考え、創っていこうという雰囲気になるには十分なものだった。なお、研修の様子は次に説明するその後の研修も含めて、YouTubeビデオ6:54~で見られる。
(4) 新年度(2015年4月)を迎えて
3月27日にAL推進委員を対象とした研修合宿をおこなった後、4月1日に、AL推進委員を含めた高校1年の受け持ち教員全員(欠席者を除いた約50人)に対する研修を2時間おこなった(写真2)。ここでも基本的には、「ALについて自身が思うこと」「翌週からどのようにAL型授業をやっていくか」をテーマとして、先生方に「前に出てきて発表」をおこなってもらった。時間は限られていたが、全員に「前に出てきて発表」をやってもらい、時間のほとんどを使った。残りの時間で、簡単なペアワークを体験してもらい、翌週からの授業で最低このペアワークは入れてほしいとお願いをした。あとは走りながらAL型授業のポイントや技術を身につけていきましょう、と言って研修を終えた。
4月7日には、短い時間だが、オリエンテーションの時間を少しもらって、生徒に翌週から授業がAL型になることを伝え、そのためのペアワークと発表の練習をおこなった。ここは私が前に出て生徒を鼓舞し、翌週からの先生方の授業にバトンを渡すかっこうとした。
写真2 AL推進委員を対象とした研修合宿(2015年4月1日)
写真3 高校1年生へのオリエンテーション・AL体験(2015年4月7日)
(5) AL型授業の開始
先生方には、1週目が勝負だという話を何度もした。ここを外すと、改革はきっと最初で頓挫するだろう、最初の1週目をとくに集中して、生徒たちが元気よくALをやれるようにファシリテートしてほしいとお願いした。メーリングリスト(ML)を作成し、最初の2週は授業の様子を簡単に報告してほしいともお願いした。
こうして桐蔭学園・AL型授業が開始された。以下は、MLからの報告の一部である。
写真4左は、1週目の(高校1年)英語Iの授業で、課題(好きなスポーツ選手について日本語でまず話し、次いで英語で原稿を書く)の前にどちらが先に話すかの確認をとるべく、「生徒に手を挙げさせ」ている場面である(YouTubeビデオ0:53~)。生徒たちはしっかり手を挙げて、この後のグループワークに元気よく入っていった。写真4右は、(高校1年)古典の授業で、一方の生徒が他方の生徒に古文口語訳小テストの解説をしているところである。
写真4 1週目の授業(2015年4月9日) [左](高校1年)英語I [右](高校1年) 古典
AL推進委員は、このような写真をメーリングリストに添付して報告し、生徒たちがさほど臆することもなく元気よく1週目のALに参加したことを報告した。「これで行けるぞ!」と少し見通しが立ったことを今でもよく覚えている。
なお、「生徒に手を挙げさせる」というのは、何ということのない初歩的な技法であるが、私はAL型授業の雰囲気を診断する上で、あるいはALに元気よく取り組む生徒の気分を授業開始後からつくっていく重要性を先生方に伝える上で、けっこう重みのある技法だとして紹介している。写真4では、グループワークをおこなうにあたって、「先に話す人、手を挙げて」という指示を出しているところである。手の挙げ方を見て教師は、生徒がどの程度ALや教師の指示に従って学習をおこなう気分になってるかを診断している。ここでしっかり手を挙げなかったりだらけたりしているようでは、その時間のALは、どんなにテクニカルな技法を使用してもきっとうまくいかないだろう、逆にここでしっかり手を挙げてくれれば、それは教師の指示に従う姿勢を示していることにもなり、教師のAL技法が多少拙いものでも、生徒はALに一生懸命取り組むだろうということを示唆している。桐蔭学園の先生方は、3月末、4月はじめの研修で、このような技法やそこでのポイントを体験的に学んだのである。
(6) すぐさま研修してAL型授業のコツを共有
高校1年のAL推進委員は、授業開始約10日後の4月18日に研修をおこない、AL型授業を実施してうまくいった点、改善を要する点などをすぐに共有した。そこで出された主なポイントは、以下の通りである。
・ 生徒たちは全体的にALに前向きに取り組んでいる。
・ ペアワークやグループワークによって生徒自らが疑問をどんどん出してすばらしいと感じる。
・ 生徒にはなぜALなのか――自分の言葉で他者に説明したり考えを述べたりすることが学習を深めるし、それが大学や社会に出て必要な力になる――を説明した。
・ 声を出して覚えることも大事だと説明した。
・ 上中位レッスンのクラスでは盛り上がっているが、下位レッスンのクラスでは、立ち歩く生徒がいる。ウォームアップでは元気でも、ALに入るとトーンダウンということが起こっている。いきなり考えさえる課題を与えるのではなく、用語や定義の確認など、正解のある課題から入っていく工夫が必要かもしれない。
・ ペアワークをおこなうときには、机を動かして二人向かい合わせた方がいい。集中力が切れる生徒がいる。
・ たとえば4人グループで、作業が遅く、足を引っ張っている生徒がいて、どう対応したらいいかわからない。はやくできた生徒やグループが退屈そうにしている。
・ 進度がさっそく遅れている。講義とALとの時間のバランスを取ることが今後の大きな課題だ。
4月22日には、遅ればせながら、中学1年のAL推進委員の研修もおこない、同様にAL型授業推進のコツや問題点を共有した(写真5)。これ以降のAL推進委員の研修は、中学1年と高校1年合同でおこなった。5月の連休には、ALに関連する基本資料を何本か読んでおくことを宿題として課した。
写真5 中学1年担当教員へのAL研修(2015年4月22日)
(1) 理解確認のためのALだけでなく、考えさせるALも
当初の予定では、2015年度前期は、ペアワークを主とした、理解を自分のことばで他者に表現する活動としてのAL推進を目標としていた。というのも、時間的に研修を十分におこなえなかった導入時の問題があったし、とくに高校段階の授業を担当する教員のほとんどは、伝統的にチョーク&トークで授業をしてきたという事情があったからである。生徒も慣れるのに一定程度の期間が必要だとも考えていた。「50分のうち10分でもALで」とYouTubeビデオで説明しているが、これは理解の表現のためのペアワークを念頭に置いた説明である。しかし、4割くらいの教員は、それだけでなく考えさせるALも積極的に導入していった。YouTubeビデオ3:33~では、グループで考えたことを前に出てきて発表する場面が紹介されている。
後でよく思ったことだが、もしここで桐蔭学園の先生方全員が私の指示を真に受けて、理解の表現のためのALだけを半年おこなっていたら、きっと桐蔭学園のAL型授業の改革はこんなにはやいペースでは進まなかっただろう。YouTubeビデオをつくって活動を記録しておこう、と関係者で話し始めたのは、たしか(2015年)5月半ば頃だったと記憶しているが、たった1ヶ月ちょっとで、ビデオに示されるような、少なくとも活動レベルのAL型授業の原型はけっこう仕上がってきていると感じられるほどであった。改めて、先生方の貪欲なチャレンジ精神に敬意を表するところである。
(2) 全教室に掲示されている「ペアワークの原則」ポスター
私は自分の大学の授業で、ALに取り組む際の留意事項をパワーポイントの1枚スライドにまとめ、ALをおこなう最初のところで毎回学生に見せるようにしている。内容は、①お互いに教え合う、②お互いの顔・目を見る、③スマイル、④適度にうなづく、である。①は理解を確認するとき、思考課題に取り組むときなどすべてのALに求められる態度である。②~④はペアワークやグループワークで期待される行動である。
「こんなことをいちいち大学生に示す必要があるんですか?」とよく質問を受ける。別にこの示し方でなくてもかまわないが、私はここでのエッセンスが充実したALをつくるのにとても必要だ。逆に、ここを外せばどんなに技法豊かなALをやろうとしても、生徒はしっかりと取り組まないだろう、そう考えてきた。要は、生徒の心をしっかりALに向かわせるためのマインドセット(心の向き)をつくろうとしているのである。②~④は、理屈はいいから形から入れ、みたいなものでもある。
これらは、ALの指南書から引っ張ってきたものでもなんでもなく、学生たちがALに心をしっかり向けるのに教示しておく必要があると経験則で理解して、いつからか示すようになったものである。実際、目を見ないで話をする学生がいる。しかめっ面をして、話を聞いても頷かない学生がいる。ふつうの教師なら、これで充実したALになっていくとはとうてい思えないだろう。火種(たとえば少数のおしゃべり、居眠りなど)を見逃してやがてそれが大火になるのと同じで、その日は良くても、ここをしっかり注意しておかなければ後でALどころではなくなる可能性が高い。一度崩れた生徒のマインドセットを学期中に戻すのは、相当困難であることは。教師なら誰でも知っていることだ。私は、学生たちに次のような話をよくする。
「私(授業者)は授業デザインや課題など精いっぱい準備をして努力しているが、私だけが努力しても良い授業にはならない。学生のみんながALをやってよかったと、新しい考えや気づき、疑問を得たと、後で思えるように、自分のために充実したALを努力してやってほしい。そのための②お互いの顔・目を見る、③スマイル、④適度にうなづくだ。形から入るのはとても大事だ。だまされたと思ってやってみなさい。」
(最後の一文は初回だけ)
3月末の研修合宿のときに、AL推進委員にこの話をして、先生方がつくったのが図1の「ペアワークの原則」である。これを(2015年)4月から推進学年の全教室に掲示し、教師はとくに最初の時期は、ペアワークをするときにこれを指さして原則を確認した。YouTubeビデオでは、8:48で教師がこの「ペアワークの原則」を指さして生徒に確認している場面がある。
図1 全教室に掲示されている「ペアワークの原則」ポスター
(3) 授業を受ける姿勢ポスター
(2015年)4月に入って授業を参観するようになってすぐ思ったことがある。それは生徒のなかに授業を受ける姿勢の悪い者が少なからずいることだ。しかも、桐蔭学園は伝統的に、授業の開始時と終了時に「姿勢を正して黙想」を約1分して教師に礼をして開始、終了をする学園である(写真6)。
「姿勢を正して黙想」を授業の前後に毎時間やっていながら、授業中の生徒のあの姿勢は何でしょうか、と先生方に問いかけた。すると、先生方は「姿勢を正して黙想」が形骸化していることを認め、姿勢のチェックをしていこうということになった。先の「ペアワークの原則」と同様に、こうした小さい火種を1つ1つチェックしていかないと、結果良い授業にはならないと考えたのである。
図2は、ある先生が6月になって生徒向けに描いてくれた姿勢ポスターである。これを教室に掲示して、授業内での1回1回の姿勢をしっかりチェックしていこうとなった。残念ながらYouTubeビデオを作成していた時期にはまだ掲示されていなかったので、ビデオには映っていないが、現在は推進学年の全教室で掲示されている。あわせて紹介しておく。
写真6 姿勢を正して黙想 |
図2 姿勢ポスター |
ちなみに、写真7は、神奈川県立港北高校の教室に掲示されている同種のポスターである。桐蔭学園に視察に来た同校の関係者がこのポスターを見て、同じものを我が校にも、と依頼され、承諾のうえ掲示されている。「ペアワーク・グループワークの原則」は港北高校固有の言葉で作り直され、姿勢ポスターはほとんど同じだが、ズボンの色だけ港北高校向けに若干塗り直されている。
写真7 神奈川県立港北高校で掲示されている「ペアワーク・グループワークの原則」「姿勢ポスター」
(4) まなボードの導入
桐蔭学園のAL型授業を推進するのに一役買ったのは、写真8の「まなボード」(泉株式会社)である。小さいホワイトボードで、黒板に貼ることもできる。これを導入しようと話になったのも、3月末の研修合宿での議論だった。ある教員が、業者からサンプルでもらっていたものを持ってきていて紹介をし、「これを使ったらALが活性化するのではないか」と提案してくれたのである。学園ではこれをすぐさま購入して、4月の授業1週目には全教室で使用できるようにした。
YouTubeビデオで、グループワークやプレゼンテーションが映っている多くの場面で、このまなボードが使われている。ある生徒は、「グループにボードを与えられると、ただ話をしているより、“何か書かなくてはいけない”という気持ちになり、何とか答えを出そうとする雰囲気が生まれる」と感想を述べている。
写真8 「まなボード」を使用してのグループ
ワーク |
(5) 前に出てきて発表
桐蔭学園のAL型授業の改革で目玉となっているのは、この「前に出てきて発表」である(写真9)。YouTubeビデオでもたくさん場面が紹介されている。ALで思考課題、グループワークをおこなえば、「前に出てきて発表」まで持っていく、という定式ができあがっているほど、桐蔭学園AL型授業の定番メニューとなっている。
写真9 前に出てきて発表
実は、「前に出てきて発表」は、4月の授業開始期には計画されていなかった。3月末、4月の研修ではALの基本的技法として、「授業開始時のウォームアップ」や「ペアワークやグループワークのしかた」「前に出てきて発表」を教えたが、2週間後に授業が開始されるそんな進行のなかで、「前に出てきて発表」まで先生方に求めたわけではなかった。最低でもペアワークはやってAL型授業の試運転をしましょうという求め方であった。しかし、先生方はこれを見事に導入していってくれた。
きっかけは、4月の中頃、中学1年生のAL型授業を参観したときのことであった。教師は生徒に課題を与え、4人でグループワークをさせた。4人はああだ、こうだと一生懸命議論をして、司会役がそれをまとめた。誰一人として受け身で参加している者はいないと見えるほど、活発な議論に見えた。力量の高い教員の授業であることを知らされて見学していたので、私は「さすがだな」と感心しながら見ていた。
ところが問題は、教師があるグループの生徒を当てて発表させるところで起こった。生徒はその場で立ち、議論をまとめた紙を見ながら一生懸命発表をおこなった。グループでしっかり議論できたことがわかる内容で、私としては十分満足いくものだった。ところが、である。その生徒の発表を、顔を向けて聞いているのは同じグループの生徒だけで、ほかのグループの生徒は、聞いていないとはいわないが、発表者の方を向いていないか、別の作業をしていた。残念ながら中学1年生の発表慣れしていない生徒の声は小さく、教師はそばに立って聞いていたから、「すばらしい議論ですね。みなさん拍手!」と言えたし、その後は定番の展開で、教室内満場の拍手でその場面は終わったのだが、「ちょっと待て。これでいいのか!」ということであった。
私は、発表者から少し離れたところに立っていたので、正直私には3分の1くらいの発表内容は聞こえなかった。生徒の多くは私よりも遠いところに座っていた。あの聞き方ではおそらく半分以上は聞こえなかったはずだ。しかも、机を動かして4人グループをつくると、生徒同士は背中合わせの配置となる。半分の生徒にとっては、発表者は背中のほうにいる。教師が椅子を発表者の方に向けて、と指示するのは一つの手だが、どうもこのあたりに何かしらの改善が必要だと思われた。
メーリングリストでこの問題を伝えたところ、AL推進委員の先生方はさっそくこの問題を拾って議論をしてくれ、「時間はもったいないが、“前に出てきて発表”をやるか」となっていった。“発表する”という能力や態度を育てるためには、あるいは他の生徒が“聞く”あるいは“傾聴力”という態度を育てるためにも、そのほうがいいと考えられたのである。「前に出てきて発表」を絶対やってほしいという話にしたわけではなかった。しかし、たぶん3月末、4月の研修で「前に出てきて発表」を全員の先生に何度かしてもらって体験したことを、今度は生徒に、ということで、先生方が繋げたのかもしれない。
今日、桐蔭学園の多くのAL型授業でこの「前に出てきて発表」がなされている。昨年のこのタイミングで、AL推進委員のほぼ全員がこの新しい発表形式を採り入れ実践し、学園の一般形式にまで仕上げたことを今更ながらに理解する。すばらしいことと感慨深く思う。
(6) インタビュー生徒のALの感想は教師の説明を内面化して話しているもの
YouTubeビデオ5:26~、生徒にインタビューしてALについてどう思っているかを話してもらっている。やらせのシナリオはもちろんなく、率直に感想を話してもらったインタビュー収録である。実は、彼らがとんでもないことを言うんじゃないかと、学園関係者が収録のそばでハラハラドキドキしていたと後で聞いた。今でもときどき思い出す後日談である。
生徒たちの多くは共通して次のようなことを言った。
「友だちに話す方が記憶に残る」
「プレゼンが上手になっていると思うし、コミュニケーションの取り方も以前より上手になっていると思う」
しかし、彼らは次のようなことも言った。
「世界観が拡がる」
「自分の意見だけだと考えが偏ってしまう」
「相手に説明すると、自分でわからなかったことが明確になる」
「友だちの考えを聞いて、ああ、こういう考えもあったのか」
「いろいろな人の考え方があって、相手の考えを聞いて自分の考えを改めたり、そのまま持っていたり」
こんな感想を高校1年生がそうそう口をそろえて言えるものだろうか。やらせのシナリオはないのである。ある動画作成のインタビュー収録で、国立大学の大学生が「AL型授業を受けていてどう?」とインタビューされて、「楽しい」とか「ALの方が記憶に残る」とかそんなことしか言えなかったのを私は知っている。
どれも本質的にはALが「深い学び(ディープ・ラーニング)」になっているということを、生徒それぞれの異なる観点から、自分たちの言葉で表現しているだけなのだが、ポイントは、その観点や言葉遣いがおそらく彼ら自身からゼロベースで産み出されたものではなく、先生方が何度も説明したその観点や言葉遣いを内面化して自分のものとした、その結果の表現なのだろう、ということである。先生方の説明が何度もあれば、このインタビューになるわけではない。先生方の説明と、生徒のALの経験を通しての実感とがカップリングされて、このインタビューになったと理解すべきである。その意味では、ALの意義を伝え、その意義を生徒が理解・実感できるようなAL型授業の実践を見事におこなった先生方はほんとうにすばらしかったし、それについてきて頑張った生徒たちもほんとうにすばらしかった。いろいろ課題はあるにしても、初期段階としては十分合格点に達していたと思う。
桐蔭学園のAL型授業の改革を、詳細にふり返りまとめてみた。しっかりとしたステップアップの計画があって進展したものでなかったことを、しかし理論的に見てポイントとなる実践をけっこう創ってきたことを改めて知らされる。説明の論理が通らない箇所がいくつかあって、そこは先生方が意欲的に繋ぎ、創造していったことはよくわかる。理論や方向性は私が示したかもしれないが、現場のAL型授業を創り、理論と実践とを架橋したのはまさに先生方であった。彼らの意欲とチャレンジ精神に心から敬意を表する次第である。YouTubeビデオでも話したし、当時も思っていたのだと思うが、こんな実践を二回つくれと言われてもなかなかできるものではないと思う。桐蔭学園の奇跡といえば大げさだが、そういいたくもなる。とにかく二回は無理だ。
もっとも、この改革を通して目指したい姿にはまだまだ距離がある。頭にある課題の1割くらいをようやく乗り越えたところだ。とはいえ、この1割は残り9割をクリアーしていく十分な基礎となるに違いない。2016年12月現在、改革は力強く、しかもギアをさらに二段階ほど上げて進んでいる。別のページでの報告を待ってほしい。