このページは、溝上の学術的な論考サイトです。サイトポリシーをご了解の上お読みください。           溝上慎一のホームページ

(講話)大学教育におけるニューノーマルとしてのハイブリッドな学び

要約

 

1.はじめに

2020年度の新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、全国の大学の多くがオンライン授業を実施した。それは、大学の教職員・学生だけでなく、これから大学に進学してくる高校生も含めて世界レベルの経験であり、ポストコロナのニューノーマルにおける大学教育を刷新する活動であったと言える。とくに大学教員にとって、講義のパートである知識の伝達が、必ずしも対面である必要はないと知るには十分な経験ではなかったか。知識の説明だけなら、対面授業で行う時間の半分から3分の1程度に短縮できたという声さえ聞かれる。

もちろん、オンライン授業の経験をもって、もう対面授業は不要であるといった極端な論は浅薄である。学生たちはオンライン授業に頑張って取り組み、対面授業の時よりも成績が上がったという報告もあるが(読売新聞「遠隔授業 学びに積極性-昨年度前比 学生の成績アップ」2021年1月14日)、それはコロナ禍の非常時に学生が遅れまいと頑張った、大学にとっては言わばボーナスのような臨時の成果と受け止めるべきものである。対面でさえ十分でなかった学習意欲が、教師や他の学生がリアルに介在しない個人のオンライン環境で永続的に充実して示されることはあまり考えられない。この課題のポイントは、対面とオンラインのさまざまな組み合わせによる「ハイブリッドな学び」が、学生の「何を学び、身に付けることができるのか」(注1)という観点から考えた時に、どのような意味で新たな学習の時間・空間となり得るのかを論じることである。

なお、近接する用語に「ブレンディッドラーニング(blended learning)」がある。「ハイブリッド」と「ブレンディッド」は重なる部分が多く、違いを示すことは可能であるが、誰をも納得させる決定的なものとはならないことが多い(McGee & Reis, 2012)。他の多くの用語の使用と同様に、基本的には先行研究の使用を踏まえ、一人ひとりの研究者・実践者がそれぞれの立場で使用する用語の定義を明確化することが肝要である(注2)

その上で本稿では、Bates(2015)のブレンディッドラーニング論の説明で用いられている図(Figure 9.1.2, p.439)を援用して図表1を作成し、ハイブリッドな学びを次のように定義する。ハイブリッドな学びとは、対面(伝統的授業/デジタル無し)と完全オンライン(遠隔授業/フルデジタル)を両極に置いてスペクトラムとするときの間の学習、すなわち、対面とオンラインによる学習の組み合わせからなる学習のことである。Batesのブレンディッドラーニング論では、「2」で扱う「反転授業(学習)」と「ハイブリッド(な学び)」はともに「ブレンディッドラーニング」の一形態であるが、両者は区別されている。「反転」は伝統的な対面授業に近いブレンディッドラーニングとされており、「ハイブリッド」は完全オンラインに近いブレンディッドラーニングだとされている。本稿は、初等中等教育のものであるが、最近答申された『令和の日本型学校教育答申』(注3)の「ICT の活用や,対面指導と遠隔・オンライン教育とのハイブリッド化」という説明を受けて、「ハイブリッドな学び」が図表1で言うところのスペクトラム全般で捉えられるものとして用いていく。

 


 図表1 スペクトラムとしてのハイブリッドな学び                      

 

(注1)中央教育審議会『2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)』(2018年11月26日)
(注2)様々な意味で用いられる「ブレンディッドラーニング」の概念整理は、Hrastinski(2019)を参照のこと。
(注3)中央教育審議会『「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)』(2021年1月26日)

 

 

2.ニューノーマルとして最も期待される反転授業

ニューノーマルとして、最も実践が期待される一般的なハイブリッドな学びは「反転授業(flipped classroom)」による学習であろう。反転授業とは、講義パートをオンデマンド教材にして学生に予習させ、対面の授業では対面でしかできないアクティブラーニングを行う授業法のことである。

これまで大学では、膨大な知識を教室で教えなければならず、そのために問題演習などによる深い学び、議論や問題解決、チームワークなどの資質・能力を育てるアクティブラーニングの時間が取れないと悲鳴を上げてきた。しかし、反転授業を行えば、教室での対面授業で、深い学びやアクティブラーニングに思う存分時間を充てることができる。もちろん、オンデマンド学習の大きなメリットである、学生が繰り返し動画を視聴して理解をより確かなものにするということも、反転授業には含み込みである。理解が不十分なところは、対面の授業で学生同士で教え合うこともできる。反転授業では定番の学習活動である(溝上, 2014)。

20年前にeラーニングやオンライン学習の普及に伴ってアメリカで始まった反転授業(バーグマン・サムズ, 2014, 2015を参照)が日本に紹介されて、約10年が経つ。すでに理論的・実践的な紹介はし尽くされた感がある(森・溝上, 2017)。有用性に対して批判的な声は少ないものの、実践が一般的に普及していない原因は、オンデマンドの予習教材を作成する教員の技術的・心理的ハードルにあったと考えられる。しかし、コロナ禍の経験を経て、現在多くの教員はオンデマンド教材の作成に一定程度習熟した状態である。取り組みの一般的普及が期待される。

 

 

3.さまざまなハイブリッドな学びの可能性

対面授業で学べることを、深い理由もなくハイブリッド化するというのでは、学生の質の高い学習を促すことはできないだろう。授業をハイブリッド化するには哲学が必要である。最後は授業者や学習者の選好となるだろうが、その手前においては「なぜその授業・学習形態か」「ハイブリッド化でこれまでできなかったどのような質の学習が実現するのか」などがぎりぎりまで考えられなければならない。

たとえば対面授業の一部に、他大学や海外から、あるいは医療や史跡の現場から中継でリアルタイムでオンライン授業を組み込み、授業をハイブリッド化するのは好例の一つである。コロナ禍の中、外部の専門家に大学の教室に来て講義をしてもらうことができなくなり、偶然にもそのような取り組みが実現した。実施してみると簡単であり、こちらの方が学生にとっても臨場感があっていいという感想も聞かれた。このようなハイブリッドな学びは、これまでの対面授業での学習を乗り越えるものである。

一回一回の授業における反転型のハイブリッドな学びではなく、コースをオンデマンド型による知識提供のパートと、知識習得を踏まえたアクティブラーニングや探究的な学習(問題解決学習やプロジェクト型学習など)のパートに分けて実施するということも考えられる。1つのコースの総時間数をどのような割合で対面・オンライン学習に配分するかによって、ハイブリッドな学びはさまざまな可能性を生み出すことができるのである。もっとも、授業時間数の半数以上をオンライン授業にすると、文部科学省に「遠隔授業」と見なされる。現行の大学設置基準では、124単位のうち60単位上限で「遠隔授業」(オンライン授業)が認められているが、コースの総時間数の半数を超えないコースのハイブリッド化は「対面授業」と見なされ、半数を超えると「遠隔授業」と見なされる(文部科学省「大学等における遠隔授業の取扱いについて(周知)」2021年4月2日)。これらの点には注意が必要である。

授業を対面(教室)で受けるかオンライン上で受けるかを学生が選択できる「ハイフレックス(HyFlex:Hybrid+Flexible)」な学びは、ハイブリッドな学びの拡張版である(Beatty, 2019)。コロナ禍の中で対面授業に戻した大学・学部の中には、基本的に対面授業を行いながらも、感染防止や拡大を理由に大学のキャンパスに来ることができない学生のために、オンラインでも授業を配信している。ハイフレックスな学びは、世界的なコロナ禍の中でその形態が広く知られるようになっている(cf. Miller, Sellnow & Strawser, 2020)。

知識の提供だけでなく、深い学びやアクティブラーニングも行う必要がある今日の授業において、ハイフレックス型の問題はアクティブラーニングの形態をどのように行うかにある。対面で参加する学生は周囲の学生とグループを作って学習することが可能であるが、オンライン参加の学生は、そのアクティブラーニングの時間中待機となるかもしれない。逆の状況も、いずれも回避する状況も想定可能である。しかし、同じ授業を受けながら、提供される学習の質が異なることは、科目で設定した学習目標の観点から考えて問題があると言わざるを得ない。Beatty(2019)は、ハイフレックスな学びの原則の1つとして、同じ学習対象をすべての学生に提供する、ということを挙げている。

図表2の実践は、大正大学で実施されているハイフレックス型授業の事例である。教室で授業を受ける学生もいればオンラインで授業を受ける学生もいる。懸案のグループワーク(アクティブラーニング)では、対面参加の学生にオンラインにログインさせ、オンライン上でグループワークを行う方式を採っている。今や一人一台のPC等デジタルデバイスをキャンパス内で持つことが当たり前になってきているので、このような方式が実現可能である。

もちろん、対面のグループワークで提供できる学習とオンライン上でのそれとでは大きな質的差異があり、教育効果も異なる。大学4年間の授業でのアクティブラーニングが、すべてオンライン上でなされるべきだと説いているわけではなく、このような形態でハイフレックス型授業を行うことが可能であるという紹介である。

 

  
図表2 対面・オンライン選択式のハイフレックス型授業(成田秀夫氏@大正大学教授より提供)                     

 

 

文献

Bates, A.W. (2015). Teaching in a digital age: Guidelines for designing teaching and learning. Vancouver BC: Tony Bates Associates Ltd. https://opentextbc.ca/teachinginadigitalage/ (2021年9月7日アクセス)

Beatty, B. J. (2019). Hybrid-Flexible course design: Implementing student-directed hybrid classes. Ed Tech Books.org. https://edtechbooks.org/hyflex (2021年9月1日アクセス)

バーグマン, J.・サムズ, A. (著) 山内祐平・大浦弘樹 (監修) 上原裕美子 (訳) (2014). 反転授業 オデッセイコミュニケーションズ

バーグマン, J.・サムズ, A. (著) 東京大学大学院情報学環 反転学習社会連携講座 (監修) 上原裕美子 (訳) (2015). 反転学習-生徒の主体的参加への入り口- オデッセイコミュニケーションズ

Hrastinski, S. (2019). What do we mean by blended learning? TechTrends, 63, 564-569.

McGee, P., & Reis, A. (2012). Blended course design: A synthesis of best practices. Journal of Asynchronous Learning Networks, 16(4), 7-22.

Miller, A. N., Sellnow, D. D., & Strawser, M. G. (2020). Pandemic pedagogy challenges and opportunities: Instruction communication in remote, HyFlex, and BlendFlex courses. Communication Education, 70(2), 202-204.

溝上慎一 (2014). アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換 東信堂

森朋子・溝上慎一 (編) (2017). アクティブラーニング型授業としての反転授業 [理論編/実践編] ナカニシヤ出版

 

 

Page Top