このページは、溝上の学術的な論考サイトです。考えとサイトポリシーをご了解の上お読みください。 溝上慎一のホームページ
松永和也(桐蔭学園中学校)
桐蔭学園中学校のウェブサイト
溝上のコメントは最後にあります。
教育の現場では「何を」学ぶかのみならず、「どのように」学ぶかまで意識を向けた学習が求められています。その「どのように」学ぶかに当たる思考スキルを身につけるのに助けとなるのがシンキングツールです。頭の中のイメージや情報が可視化され、それらの関係性を見つけやすくなります。また、あえて視点を限定することで、思考を促すツールであるとも言えます。関西大学の黒上晴夫教授はシンキングツールの役立て方を以下のようにまとめています。
(参照:http://www.ks-lab.net/haruo/thinking_tool/short.pdf)
① アイディアや問題を視覚化するため
② 考えや情報を整理するため
③ 考えをすぐにフィードバックするため
④ 学んだこと同士のつながりを明確にするため
⑤ 意見を友達同士で共有するため
⑥ 知識を新しくつくりあげるため
⑦ 考えを評価するため
今回は国語の評論文を扱った授業の中で、シンキングツールを用いてどのようなAL型実践が行われたか紹介します。使用したシンキングツールは、まずテーマである〈文化〉のイメージを広げるための「イメージマップ」、次に教科書の文章の構造や他者の発表の内容を整理し読み取るための「Iチャート」、さらに関連する資料をもとに創造するための「Vチャート」です。
シンキングツールについてよくある誤解は、情報の整理をして終わってしまうことです。あくまでこのツールは、そこから何が考えられるかという「思考を生み出す道具」です。ですから、教科書の文章の構造や他者の発表の内容を整理するのみならず、そこから発展して自分の意見を創造する授業を目指しました。これを評論文の「創造的読解」と呼びたいと思います。
① 単元の指導
授業時数 | 主な学習内容 |
---|---|
1時間目 | 図書館内から〈文化〉を探し出そう/〈文化〉を定義してみよう |
2時間目 | 対比を意識して文章を捉える(内山節「歴史は失われた過去か」) |
3時間目 | 対比を意識して文章を捉える(毛利衛「文化としての科学技術」) プリント③(PDFはこちら) |
4時間目 | 「文化としての科学技術」の事例紹介(スライドづくり) |
5時間目 | 「文化としての科学技術」の事例紹介(グループ内発表・レベルアップシート) |
6時間目 (本時) |
「文化としての科学技術」とはどのような意味か ⇒次項詳細 |
7時間目 | 「文化」と「文明」の違いを考える(平田オリザ『下り坂をそろそろと下りる』) プリント④(PDFはこちら) |
② 本時の展開
本時の学習目標:「「文化としての科学技術」とはどのような意味か」
前提として
「文化としての科学技術」では、〈文化〉と〈科学技術〉を二項対立としてではなく、「人類が生き延びていくためのさまざまな知識の一つとして」「科学技術を文化として捉えることが必要になってくる」と述べられています。しかし、文中には具体的な実例は挙げられていません。そこで生徒たちは調べ学習として「世の中で科学技術が文化として運用されている実例」を探し見つけた上で、本時の授業を迎えています。
過程 | 学習活動 | 様子・イメージ |
---|---|---|
導入 (10分) |
イメージマップ |
|
展開 (35分) |
Iチャート(イメージ) |
|
Vチャート |
|
|
|
||
|
||
まとめ (5分) |
|
① 「きく」姿勢を整える
AL型授業が成立するためには、他者の言葉を大切にする雰囲気をつくる必要があります。教室で生徒が手を挙げている。それはきっと教師に話す権利を求めている見慣れた光景でしょう。しかし、私のクラスでは違います。生徒が前に立って話すとき、それ以外全員の生徒が手を挙げて「きく権利」を求めます。発表者の生徒は全員が手を挙げているのを確認して、ようやく話し始めるのです。話すことに覚悟を決め権利を求めるように、聞く責任を負う覚悟を持って欲しいからです。話す時間と聞く時間を切り替える「けじめ」があるかないかで授業の雰囲気は大きく異なります。また「きく」には人に訊く、尋ねるという意味があります。協働的な学びを行う際にはわかる子がわからない子に教えてあげる「教え合い」ではなく、わからない子がわかる子に訊く「学び合い(きき合い)」を意識しています。わからないことをわからないままにしない、という姿勢が学習者として自立するために重要だからです。
② 声をつなぐ
柱となる課題に取り組む際には、生徒の発言に対し「良い視点だね」「的外れかな」といった評価の言葉をかけたい気持ちをグッとこらえて、「今の考えを誰かつないで下さい」「今の考えは伝わりましたか」というフレーズを意識して使うようにしています。そうすると教室での対話の構図が図4のように変化します。教師が対話の中心になってしまうと、生徒は教師が持っている正解を探すだけの答え合わせ型の対話になってしまいます。一方、生徒同士が声をつなぎ多声的に響き合うことで、思考が積み重なっていく思考リレー型の対話が出来るようになります。
反転学習などにより単なるインプットの時間は授業外に取り出されるようになっています。その中で求められる、教室でしかできない活動こそこういった対話的な学びであると思います。
③ 個人の学びに落とし込む
本校では学習のサイクルとして「個-協働-個´」を大切にしています。その中でも私は最後の「個´」の活動を逃さないようにしています。協働的な学びは単にみんなで協力することではありません。ましてや、その中で誰が優れているか優劣をつける時間でもありません。各自が持っていたアイディアに他者のアイディアが融合され新しいアイディアが生み出されることこそ協働的な学びと言えます。他者の意見に触れることでもともと持っていた考えとは異なる考えが生み出されたり、根拠が深く確かなものになったりする。そういった活動をふり返りなどの「個´」の時間で担保しようと考えています。
今回は使用するシンキングツールを活動ごとに教員が指定していましたが、そこに課題があります。シンキングツールは冒頭でも紹介したように「あえて視点を限定することで、思考を促すツール」です。思考の型を持たない生徒にとって類型ごとに理解できるという利点がある一方で、対象への多様な思考のアプローチを反故にしてしまう危険性を孕んでいます。教科学習における課題設定ではこの問題を乗り越えることが難しい場面があります。そこで、教科を越えた「探究的な学習」においてこの問題を解決することができます。探究では、生徒が主体となって課題を設定し、情報の収集、整理・分析を踏まえて表現する活動が展開されます。そこでは課題に合わせてどのシンキングツールを利用するか選択する判断力が必要になります。ラックごとに分類されたシンキングツールのプリントの中から適切なものを取り出して、それぞれの課題に取り組んでいくイメージです。
本校では来年度より本格的にこの「探究的な学習」に取り組んでいきます。今後、そちらの成果についても皆様にご報告できると思いますので、楽しみにしていてください。
松永 和也(まつなが かずや)@桐蔭学園中学校