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杉山裕也([静岡県] 沼津市立沼津高等学校)
沼津市立沼津高等学校のウェブサイト
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本校沼津市立沼津高校は中高一貫校であり、中高連合や学力アップという一貫校特有の課題解決に取り組んできた。その中で学習パラダイムの転換に対応するため、アクティブラーニング型授業の推進を図るべく、各教科の代表者で構成される「アクティブラーニングユニット」が結成され、学校をあげて授業研究に取り組んできた。昨年度は「学ぶ喜びを感じ、それを共有できる生徒」という中高の全教員が全教育活動で意識すべき「育てたい生徒像」を策定した。
そんな中、最近つとに感じるのが生徒個々の「コミュニケーション」能力のいっそうの低下である。
私は高校1年生の担任を務めているが、4月当初の生徒を見ていると、グループワークの中で他の班の級友のワークシートを見る際に、何も言わずただ後ろからワークシートを眺め、それに気づいた見られている側の生徒も、何も言わずただ体を横にずらすという光景が散見された。「なぜ『見せて』の一言を言わん!」こんな注意をクラスに発したのを覚えている。また、長期休業明けに毎回行っている、長期休業中に起こった出来事をおもしろく、起承転結を作って話をする、というワークも、何も書かない(書けない)生徒が各クラス5人ほど必ずいるようになってきた。これには表現力の低下とともに、日常の事柄に「おもしろい」と感じる力が弱まっているようにも思えた。
したがって、まず「コミュニケーション」を基礎から徹底しなければならないこと、そして「おもしろい」と思える授業をすることが今年度の私の課題となった。
私の専門科目は世界史であるが、今回の公開授業では自身が担任を務める高校1年生のクラスでやろうと思い、現代社会で行った。該当単元は、資本主義から社会主義、修正資本主義、新自由主義の経済体制の在り方を網羅的に扱った箇所である。基礎的な用語の意味をきちんととらえるのはもちろんであるが、生徒が生きる実社会との関連づけを行い、生き生きと学んでほしいと考えた。そこで、最近の政府がめざす社会「Society5.0」を前に、どのような経済体制が望ましいか、経済体制の変容の歴史を踏まえて考察することを目標とした。
なお、本校ではアクティブラーニング型授業を行うために「学びのデザインシート」を活用している。逆向き設計で授業を構想し、問いと生徒がたどり着いてほしい成果、そのために必要な材料などを整理するのに役立っている。以下は今回の授業の「学びのデザインシート」である。
私はここ3年間かけてすべての授業をアクティブラーニング型授業に作り替えてきた。初年度は専門科目である世界史Bを、2年目は世界史Bの残りと政治経済を、3年目である今年度は現代社会と世界史Aをアクティブラーニング型授業にチェンジした。
アクティブラーニング型授業といってもそのやり方は多種多様なものがあると思う。私が参考にしたのは現在産業能率大学におられる小林昭文先生の『アクティブラーニング入門』に記されていた「学びあい」の型である。基本的にはその手法を踏襲して、教師による導入を15分間、グループワーク25分間、発表5分間、振り返り5分間をベースに、グループワーク中心で「学びあい」の授業を行っている。その中でわからないことは、班員や、席を離れて他班の級友に聞きながら解決を図っていく。授業では予習を課している。高2・高3の世界史Bでは毎時間、高1の現代社会でも土日をはさむ時に予習を行わせ、予習内容の確認もまたグループで行っている。
また、今年度は教員免許状更新講習の年にあたり、東京学芸大学でシャミ・ダッタ先生から国際バカロレア歴史についての講義を受けることができた。国際バカロレア歴史の中でよく使われる「~~という意見にどれだけ賛成か?」という問いのスタイルは、多角的な考察を求められる地歴公民の授業に最適ではないかという考えから、今年度はそうした形式の問いを多くしている。
(1) 予習課題
今回の授業はジグソー学習であるため、事前にA~Cの3つの異なる資料を、班内で担当を決め、授業までに課題文を読み、ジグソー課題に取り組んできてもらう。なお、グループワークの班は4人をベースにしているが、ジグソー課題は3つにしている。これは学習困難者が自分一人の力でやりきれなかった場合、もう一人の生徒に聞くことで課題解決するための配慮である。
(2) 導入1 授業前の自分の意見記入(2分)
「よりよい社会をつくるためには、政府の経済活動(経済への介入、ルール作りや規制など)を少なくして、利潤を求める個々の企業がより自由に活動できるようにするのがよい」という意見に対してあなたはどう思うか、について授業を受ける前の自分の考えをワークシートに記入してもらう。
(3) 導入2 教員による課題提示(7分)
これから日本が迎えると政府が想定している「Society5.0」について解説する。「Society5.0」は、IT関連企業であるDeNAと運輸業であるヤマト運輸が協働して無人物流サービスを築こうとしているように、異なる産業同士がつながって新たな付加価値を創造する時代・社会であることを、例を出しながら解説する。そのような「今までのやり方にこだわらず、新しいことにどんどんチャレンジしていく社会では、(介入や規制などの)政府の経済活動を極力少なくして、個々の企業が自由に活動していく経済体制が必要である」という政府の考えにどこまで賛成できるか、本日の課題を提示しつつ授業の流れをパワーポイントで示す。その際、本時の学習評価の方法も生徒に伝える。
自分たちの考えを示し、それに見合った割合で賛成部分・反対部分を根拠づけて説明できる
A評価(努力して達成すべき目標)資料A~Cの内容を3点以上含め、自分たちのオリジナリティを1点以上加えて説明できる
(4) グループワーク(30分)
本時のグループワーク課題は以下のとおりである。
グループワーク時にはパワーポイントで、学習テーマと活動時間、評価基準を前に示している。活動時間は厳守し、延長は絶対にしない。時間内でどうしたらできるか工夫をさせている。それが個々の力を100%出しつつ協働することにつながっているのではないかと思う。また、行動目標として「しゃべる」「質問する」「説明する」「動く」「グループで協力する」「グループに貢献する」というグループワークでとるべき態度も毎時間表示している。これらの意識は常に弱まってくるので、その都度言うようにしている。
①の話し合いは、予習を丹念にやってきた生徒が多く、活発に自分が調べてきたことを班員に伝える様子が見られた。聞く側も、普段から「傾聴」の姿勢をとることを重点的に指導してきたため、うなずきながらメモを取って聞くことができていた。
②の年代順に並べかえる作業は、いわば資料の内容を各自の頭の中でもう一度整理する段階である。その際、①の段階では分かったつもりになっていたことに対して、「なぜ?」や「これはどういうこと?」など、疑問符がついた問いをグループ内で投げかけながら整理する姿が多くの班で見られた。個別の思考とその共有の往還が見て取れた場面で、生徒自身が学びを深めていく姿には、授業者も驚かされた。総じてこうした「なぜ?」や「どういうこと?」といった問いかけができる班の学習は深まることが多い。そのため、授業者は机間巡視をしながら、そうした問いかけの少ない班には「これはどういうこと?」や協力を促すための「協力できていますか?」、「今何を考えている?」などの声かけを行っている。ただし、過干渉は生徒の思考・学習を邪魔するため、介入は必要最小限にとどめるようにしている。
③の問いに関する答えをグループで作る過程でも、声を出しながら協働する姿が見られた。中にはわからない漢字についても班員に聞きながら、きちんとした文章で書こうとうする意識の高い班があった。
(5) 他班にグループの意見を発表(5分)
授業の終わりでは毎回、欧文印刷株式会社から出されている「ヌーボード」というホワイトボードがノート状にされたものを利用して紙芝居プレゼンテーション(KP法)形式で、他班に自分のグループの意見を発表させている。一斉授業のクラスでは3つの班を1グループにして発表をしている。(公開授業と前後して本校でもiPad(ロイロノート)が導入されたが、生徒たちの中では「ヌーボード」の方がいいという声も聞かれる。「まなボード」とあわせてどれがふさわしいかは授業環境や学習デザイン、発表方法により異なってくるのかもしれない。)
またパワーポイントで発表時間とともに、発表者の態度目標、聴く側の態度目標を示している。
これらについても、なぜこうした姿勢・態度が必要なのかも含めて日々説明して納得して行ってもらえるよう心掛けている。
(6) 他班の発表を聞いて自分たちの解答を加筆修正(2分)
他の班の発表を聞いてよかった点を盛り込みながら、もう一度自分たちの意見を練り直す。「加筆修正した部分もきちんと君たちの評価に入れるよ」と言いながら、色を変えて加筆修正させる。後で見直した時に、自分たちでできた部分と、他班の意見を聞いて書いた部分の区別ができ、他者の意見を聞くことで深まった学びを実感してもらうためである。
(7) 振り返り リフレクションシートの記入(2分)
毎時間書き溜めているリフレクションシートに本時の振り返りを記入してもらう。記入項目は①行動目標の達成状況 ②グループワークで気づいたこと ③説明の工夫 ④学習目標の達成状況 ⑤学習内容でわかったこと ⑥学習内容でわからなかったこと ⑦その他、意見、要望など の7項目である。
今後の課題として挙げられる主な点は3点ある。
まずは、予習―授業―復習の学習サイクルの深化と定着である。現在は予習と授業の側面しかデザインできておらず、復習までのサイクルができていない。また、予習についても生徒のやり方は十分できているとは言い難い。この課題は生徒目線で言い換えれば、生徒が主体的に学習を自走できるようにする、と表現できるかもしれない。
次に、生徒が主体的に取り組めるような学習教材の研究が挙げられる。私の授業形式では、教員が生徒にティーチングする時間は15分に限られる。そのため、その最初の15分間でどれだけ生徒に興味関心を湧き立たせ、「学びたい!」と心にハートマークをつけられるか否かが勝負の分かれ目となる。そうした教材の工夫とともに、問いについてももっとオープンクエスチョンを増やして歴史的思考力や現在の社会を見る目を養っていくこともこの課題に結びつくのではないかと考える。
最後に、振り返りの深化である。生徒の中には具体的で深い振り返りができている者と浅い振り返りで終始してしまっている者がいるのは上に挙げた例からも見て取れる。深い振り返りをしている生徒の例も示しながら、深い振り返りができる生徒を増やしていきたい。
10月末の公開授業であったが、本稿を執筆している学年末の現時点で、アクティブラーニング型の、しかも授業の最後にグループワークの内容を踏まえて論述を行うこと授業に対する生徒自身の手応えは、授業者が想像していた以上に大きい。「最後に文章の形でまとめ、プレゼンすることで、授業内容の理解を深めることができた」や「最初はグループワークで自分の意見を言うことができなかったが、『わからない』が言えるようになってから理解度が深まった」、「最後に発表をすることで、どうしたら分かりやすく伝えられるか、考えるようになった」、「社会は暗記中心だから中学校の時、大嫌いだったが、アクティブラーニング型授業では授業内容をわかるまでしっかり理解することができ、社会が好きになった」などの感想が生徒から聞かれた。アクティブラーニング型授業のひとつの成果だと思う。今後もこの形態を進化・深化させて、上記の課題解決にあたりたい。
杉山裕也(すぎやま ゆうや)@(静岡県)沼津市立沼津高等学校(地理歴史科)