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(AL関連の実践)【高校/国語】ワークシートにおける「個-協同-個´」の学びの構造化

by 川嶋一枝(静岡市立高等学校)

(静岡県市立)静岡市立高校のウェブサイト

溝上のコメントは最後にあります

第1節 目標

 国語の読みの授業、とりわけ小説や詩歌などの教材の読解は、アクティブラーニング型授業と親和性が高い。教室にいる他者との対話や議論を通じ、多様な解釈の読みをぶつけ合い、互いの考えを認めて取り入れ、理解し、さらに収束を求める。その過程において、個人で読んでいるだけ、あるいは教師の読みを一方的講義で受講しているだけでは不可能である、読みの深化の可能性に繋がっていくからだ。
 国語のアクティブラーニング型授業の構想、デザインには、「『協同の読み』を実現するためには、テクストについて一人で考える過程と、仲間と討論することによって考えを深めるというコミュニケーションの過程とを適切に組み合わせること」(水野, 2016a)が必要である。
 まず個人思考から他との協同の学びを経て、再び個人思考に戻り、以前の自分の思考からさらに思考を深化させるという、「個-協同-個´」の授業の構造化(関谷, 2016)と言い換えることができる。
 50分という限られた時間の授業デザインに、板書を最小限にするためにワークシートの活用は非常に有効であるが、このレポートは、ワークシートに書き込むことによって自然とその「個-協同-個´」の思考のサイクルを辿れるようにすること、そして生徒にも評価する教員にもその思考の跡が可視化されることを目指している。

 

 

第2節 ワークシート作成の考え方

(1)ワークシートの構成
 ① 本時の目標
 ② 柱になる問い それに対する自分の答え
 ③ 深い問い  それに対する自分の答え
 ④ 授業を受けた上で、②核になる問いに対する自分の答え
 ②と④を比較し、変化した部分を生徒自身と評価者である教員が実感できる構成となる。
(2)授業目標の明確化
 その時間の目標を一つか二つに絞り、授業の最初に明確に整理、提示することはどんな授業においても必要である。ワークシートには、最初にそれを明示しておく欄を設け、それを意識、共有させておく。
(3)二つの問い
 小説の読解の授業において、50分の中で生徒が取り組むことが可能な思考を問うような学習課題の数は、私は二つ、多くて三つまでに絞るべきであると考えている。初読の時に生徒から出る疑問を、①読み取りの事実確認の課題 ②多数の解釈が生まれる読みを深める課題に分けて、それを元に読解の中心となる学習課題を作成し、授業の組み立てを行う。

 

授業を協同の学びに転換するときに成功の鍵になるのは、学習上の「問い」をどう立てるかという問題である。(中略)教師は生徒が抱く疑問を大切にし、疑問から出発して教材の本質を貫く「柱となる問い」「深い問い」を立て、それを軸にして単元全体を構造化する学習者たちは、共有する課題の解明に向けて、協同して追究を行い、本質的な答えを発見する。さらに、そこから次の課題を見つけ、学習を発展させる。このように構造化された授業づくりを目指したいものである。(水野2016b)

 

 ワークシートも、その日の「柱になる問い」とより思考を深化するために角度を変えた二つめの「深い問い」を用意し、協同の学びの後、最後にもう一度最初の問いを再考するという三段構成にする。
 最初の「柱になる問い」は個人の考えの確認、共有のために隣同士のペアワーク、角度を変えた「深い問い」はより多義的に拡散、それをもう一度収束することが必要なので、グループワークが効果的であると考えた。いずれにしてもペアとグループのどちらで意見交換することが効果的なのか、問いの質を吟味することが必要である。

 

 

第3節 授業実践例

 平成29年1月24日、静岡県内都市立5校のユニットによるアクティブラーニング研修の一環として行われた、静岡市立高校2年現代文の研究授業とそのワークシートを例として紹介する。学習指導案は図1のとおりである。

 

  図1 学習指導案(PDFはこちら

 

 教材は川上弘美「水かまきり」、教科書は「精選現代文B」(筑摩書房)を使用している。「水かまかり」は、怪我でプロ野球の球団を自由契約になるという挫折を経て故郷に戻ってきた近所の「ケン坊」が、淡い恋心で見つめる語り手の幼い少女「わたし」=「春子」と散歩の最中に偶然みつけた「水かまきり」が「死んでる」ように見えて実は「生きてい」て「水の中を泳ぎ始めた」のを見つめ、自らを投影し、再生を確信したかのように元気を取り戻していく姿を、春子の視点から描いた物語である。
 5時間配当で、本時は3時間目であり、春子のケン坊に対する思いを、第三段落前半を中心に表現を検討しながら、どのようなものなのかを深く考察することを目標とした。
 前半を指名読みさせ、ワークシートに従い、一つ目の問い「おなかの中に満ちてくるものとは何か」を個人で考える→ペアで共有→代表者が発表する→二つ目の問い「なぜとくんとくんとなるのが胸ではなく、おなかの中なのか」を個人で考える→グループで共有、考察する→代表者が発表する→もう一度一つ目の問いに戻って個人で考える。というのが一時間の流れである。
 図2は授業の様子を撮ったものである。

 

   図2 授業風景

 

 当日の研究協議での溝上慎一先生のご助言では、アクティブラーニング型の授業として①生徒に時間を意識させることができていない。②「ペア」「グループ」の形を作るということができていないという、基本的なところでのご指摘を受けた。①に関しては、私がキッチンタイマーを使っていたのを、パソコンなどで「あと○分」を生徒に見える形で示すとよい、というアドバイスが与えられたので、今後は生徒に見える大きなタイマーで対応することにした。②に関しては、図2の写真を見るとわかるように静かにはしているが、それぞれの視線がバラバラである。まず「傾聴」の姿勢を作らせることが大切だということである。そのために机の形を作り、ちゃんと生徒同士が向き合ってペアワークを機能させること、発表者を前に立たせることや「傾聴!」と教師が促すことを怠らないことなどが必要であると学んだ。
 次にワークシートの実例を図3に示す。

 

 図3 ワークシート実例

 

 一と三は同じ問いであるが、ほとんどの生徒が図3の実例のように、三で記述量が格段に増える。二の「深い問い」をはさむことでより考えが深まった結果であると考える。それをワークシートに書き込むことで、生徒自身が自覚し自己評価できた。
 「とくんとくん」という擬音語と「おなか」の関係に注目することで、「春子」の「ケン坊」への思いの特異性に迫れるのではないかとの狙いで「深い問い」にこれを選んだ。「おなか」と「とくんとくん」が将来必ず来ることになる性の目覚めが無意識であることを描く、ある種のセクシャルさを持っている表現ではあるのだが、生徒の中にはそこまで踏み込んで言及するものはほとんどなかった。しかし、ただ単に「好き」というよりは、「ケン坊」という「大きくてあたたかい」存在に対する「安心感」や「信頼」に結びついているものだとするものや、たとえばよく知らない同級生に対しての「胸がとくんとくん」という、よくある初恋とは一線を画すような感情なのだと考察するもの、「胸」ではなく「おなか」というさらに奥まった場所であることで、「春子」の「誰にも知られたくなかった」という思いの質に結びつけるものなど、様々な意見が見られた。この問いを挟むことで最初の「柱となる問い」単独で考えるよりは深めていけたのではないかと思う。そしてこの次の第四時ではまとめの講義を通して、ワークシートを見ながら共通解をノートに整理をすることができた。
 ワークシートの課題としては、ペアワーク、グループワークの時の欄を設けなかったため、個人の考えと他の考えを分けることがなかったので、ペアやグループで出た自分とは違う意見などを記録として残しておけなかったことが挙げられる。ただし、書く欄を増やし、書かせる時間を取らせると、50分に収めることが難しくなる恐れもある。また試行錯誤しながらよりよい形を模索していきたいと考えている。

 

 

文献 

水野正朗 (2016a) 現代文におけるアクティブラーニング 溝上慎一 (編) 高等学校におけるアクティブラーニング 事例編 東信堂 pp.46-63.

水野正朗 (2016b). 学びが深まるアクティブラーニングの授業展開-拡散/収束/深化を意識して- 安永悟・関田一彦・水野正朗 (編) アクティブラーニングの技法・授業デザイン 東信堂 pp.45-66.

関谷吉史 (2016). 国語におけるアクティブラーニング 溝上慎一 (編) 高等学校におけるアクティブラーニング:事例編 東信堂 pp.153-171.

 

 

溝上のコメント

  • ワークシート(図4を参照)の構造がすばらしいです。(桐蔭学園)個-協同-個の学習サイクル」(を参照)をより確実に実現する工夫です。
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     図4 図3のワークシートの原版(PDFはこちら

     

  • ペアワークの前に「一」で自分の考えを一度表現します。いきなり課題を与えてペアワークやグループワークをさせると、何を議論したらいいかわからずグループ内で沈黙が続いたり、あるいはグループ内の一人か二人だけの考えで議論が進んだりします。生徒全員の個の学習を実現することができません。全員が考えを出すことを徹底させるために、ワークシートに書かせます。
  • ここまでは多くの先生が実践されていますが、川嶋先生のワークシートが秀逸なのは、「二」にあります。そこでは、「話し合いで気付きがあったらメモをしておきましょう」と書かれています。
  •  個人の考えを「一」で出して、それをグループで出し合い共有するだけならば、グループワークをするほどの意義はありません。一人では思いつかなかったことを他者と議論をして思いつく、あるいは他者の考えに誘発されて新たに考えを産み出す、このようなことが起こってこそグループワークの意義があります。川嶋先生は、控えめに「気付きがあったら~」と書かれていますが、私だったら、「話し合いで気付いたことをメモしましょう」と書きます。口頭で、「どんなに小さなことでもいいから、つまらないと思うことでもいいから絶対何かを書いてください」と指示します。生徒にグループワークをしたら、必ず1つは新たな気づきや発見をする、と習慣化させていくことが重要だと思います。小さな気づき、発見がときにイノベーションに繋がります。イノベーションはいきなりは起きません。ふだんの小さな気づき、発見がたくさんあってこそのものです。
  • 最後の「三」のふり返りもいいですね。
  • 図3で例示されているように、教師は生徒の思考の深まり、ひいてはアクティブラーニングの有効性をワークシートから認めることができます。多くの場合、生徒がグループワークをしている間、教師は机間巡視をして生徒の議論をチェックしますが、そこで生徒全員の思考を把握することは不可能です。ワークシートは、生徒一人ひとりの思考をチェックするうえでも有効なツールとなります。
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    (文責:川嶋一枝)

     

     

    プロファイル

    川嶋一枝(かわしま かずえ)@静岡市立高等学校 国語科教諭、1年担任

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      ・一言:AL型授業に取り組み、感じるのは、生徒の意欲と課題設定能力を高めることの難しさです。私が決めた枠内で生徒が活動できていることに満足してしまっていないか、自分自身の指導を振り返る必要がありそうです。

     

     

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