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(用語集)内発的動機づけ・自己決定理論

第1節 内発的動機づけ

内発的動機づけは、心理学で1940~60年代に隆盛していた2つの主な行動主義アプローチに反論するかたちで提示された動機づけ(注1)概念の一つである(Ryan & Deci, 2000)。

1つは、スキナーのオペラント条件づけ(注2)で、行動は報酬(エサやお金)によって動機づけられる(学習される)と説明された。もう1つは、ハルやミラーによって主唱された動因低減説(注3)で、行動は生理的動因や欲求を低減させるべく動機づけられると説明された。

これらに対してデシは、人はエサやお金といった外部報酬がなくとも(外発的動機づけ)、内なる心理的欲求に駆られて自由選択的に行動するものだ、課題それ自体に喜びや満足をもって取り組むものだと反論した。デシ(cf. Deci, 1971, 1975; Ryan & Deci, 2000)は、このような課題遂行にともなう自由選択や、課題に取り組むことそれ自体が喜びや満足と繋がって行動に動機づけられることを、「内発的動機づけ(intrinsic motivation)」と呼んだのであった。

 

(注1)「動機づけ(motivation)」の説明は、「(用語集)動機づけ」を参照のこと。
(注2)オペラント条件づけ(operant conditioning)とは、「有機体の自発したオペラント行動(特定の誘発刺激がなく、自発した反応)に強化刺激を随伴させ、その反応頻度や反応トポグラフィを変容させる条件づけの操作、およびその過程」(山田, 1999)と定義される学習論の一つである(cf. スキナー, 2003)。たとえば、イヌに「お手」と言って、イヌが自発的に手を出したら、直後におやつを与える。以降、イヌは「お手」(刺激)と言われて手を出す(反応)と、おやつがもらえるという学習をする。これを、オペラント(自発的行為にもとづく)条件づけと呼ぶ。
(注3)動因低減説(drive reduction theory)とは、「強化による反応増加の理由を説明する理論」である。「動機づけられた行動は仲介変数である動因や欲求によって喚起され、これらの動因や欲求を満足させ低減させた反応が強められると考える」(ともに坂上, 1999)。たとえば、人は空腹を軽減するために(動因や欲求の低減)、食事をしたいという行動に駆られる。動因低減論では、このように、生理的に喚起される動因や欲求を軽減するために、行動に動機づけられると説明する。

 

 

第2節 自己決定理論

自己決定理論は、内発的動機づけの概念を発展させた理論である。

内発的動機づけの考えは、行動に対する自己決定性の高さが学業成績やパフォーマンス、精神的健康等に影響を及ぼすという「自己決定理論(SDT:self-determination theory)」として発展しており(Deci & Ryan, 1985, 2011; Ryan & Deci, 2000)、今日自己決定理論を説明する「認知的評価理論」「有機的統合理論」「因果志向性理論」「基本的心理欲求理論」「目標内容理論」といった五つのミニ理論が示されている(図表1を参照)。以下、デシとライアン他(Deci & Ryan, 2012; Reeve, 2012; Ryan & Deci, 2000)の説明をもとに、それぞれを簡単に紹介しよう(日本語文献として、櫻井, 2009, 2012も紹介しておく)。

 

図表1 自己決定理論における五つのミニ理論

 

(1) 認知的評価理論(cognitive evaluation theory)

この理論は、自己決定理論のなかでもっともはやくから取り組まれたもので(Deci & Ryan, 1980, 1985)、外部要因に対する受け止め方(認知的評価)次第で、それが個人の内発的動機づけを促進したり抑制したりすることを説明する理論である。

そもそも、自己決定理論は、課題遂行にともなう自由選択や課題遂行それ自体に喜びや満足を見出すといった内なる欲求(内発的動機づけ)が、人の行動を高い質で動機づけることを説明する理論である。したがって、課題に関連した外部要因(たとえば、報酬が与えられる、〆切が設けられる等)は時として、個人の課題に対する内なる欲求を阻害し、やらされ感を強め、自律性や有能感を低下させる。結果、内発的動機づけを低下させる。

しかし、同じ「〆切が設けられる」といった外部要因でも、認知的な評価によっては自律性や有能感を促進し、結果内発的動機づけが高まることがある。たとえば、教師から「だらだらと勉強してはいけない。〆切に間に合うように計画を立てて取り組むことが大事だよ」といったコメントをもらう場合がそうである。生徒は、このようなフィードバックを肯定的に受け止めて、内発的動機づけを促進させる。

これまでの研究成果によれば、監視状況、課題の提出〆切、ルールや制限、目標が課せられること、指示や命令されること、競争があること、評価されること等が、生徒学生の自律性や有能感を阻害し、内発的動機づけを低下させる。他方で、自由選択や自己主導の機会としてとらえること、説明できる理由があること、楽しいと感じること、励ましを受けること、肯定的なフィードバックが得られること等は、生徒学生の自律性や有能感を促進させ、内発的動機づけを高めることがわかっている。

 

(2) 有機的統合理論(organismic integration theory)

課題遂行にともなう自由選択や課題遂行それ自体に見出す喜びや満足といった内なる欲求によって動機づけられること(内発的動機づけ)が、質の高い行動を生み出すのだとしても、さらにはそれが理想だとしても、とくに学校における生徒学生の学習は、多くの場合、親や教師の期待に応えること、テストや受験でより良い結果を得ること、将来の職業に就くことといった外部からの統制に従ってなされている(外発的動機づけ)のが現実である。人が社会的文脈のなかで生きる存在であること、自己決定性(自律性)が外部要因と無関係ではないこと、学校での学習が、重要な他者(親や教師等)や社会から期待されて、あるいは必要だと見なして課されるものであることを考えれば、当然である。

有機的統合理論は、このようなことを背景として、時に内発的動機づけを低下させることにもなる外発的動機づけを、自己決定性(自律性)の観点から積極的に位置づけたものである。そこでの主張点は、大きく2点である。
①「無動機づけ」(動機づけられないこと)、「外発的動機づけ」「内発的動機づけ」を自己決定性(自律性)の程度によって、連続線上で並べられること。
②たとえ外発的に動機づけられた学習であっても、その学習に対する個人の価値の認め方によっては、自己決定性(自律性)は高くなり、内発的動機づけに近いかたちで学業成績やパフォーマンス、精神的健康に影響を及ぼすこと。

認知的評価理論が内発的動機づけを促進・抑制する外部要因を明らかにする理論であるのに対して、有機的統合理論は、外発的動機づけを内発的動機づけとの関係で、連続線上に位置づけた理論であるといえる。

有機的統合理論では、自己決定性(自律性)が高くなるにつれて内発的動機づけに近づくと考えられており、外発的動機づけを「外的調整(external regulation)」「取り入れ的調整(introjected regulation)」「同一化的調整(identified regulation)」「統合的調整(integrated refulation)」の4段階に分類する(図表2を参照)。

 


図表2 連続線上に位置づけられる外発的動機づけの各段階(有機的統合理論)
* Ryan & Deci (2000), FIG.1(p.61)をもとに作成

 

それぞれを簡単に説明すると、「外的調整」は報酬を受け取るためや罰を避けるためなど、外部からの統制(期待や要請等)に従う動機づけであり、もっとも自己決定性(自律性)が低い外発的動機づけだとされる。「取り入れ的調整」は、自尊心を維持させるために、あるいは人前で自尊心が傷つくことを恐れるがゆえに、外部からの統制(期待や要請等)を内部に取り入れて自己内調整をして従う外発的動機づけである。外的調整よりは、自我関与が加わっている分若干自己決定的ではあるが、統制の所在は外的調整と同様外部寄りにある。「同一化的調整」は、外部からの統制(期待や要請等)に価値を認め(“重要だ!”“有用だ!”など)、積極的に自己内に取り込んで、選択的に、個人的に関与して行動する動機づけである。「統合的調整」は、外的な統制(期待や要請等)に価値を認めるだけでなく、それを自己の他の側面と有機的に統合して行動する動機づけである。たとえば、「私は将来学者になりたい」といった自己の他の側面と統合して、学習に動機づけられるような場合がそうである。

同一化的調整と統合的調整は、自己決定性(自律性)の高い外発的動機づけだと見なされており、とくに統合的調整は、自己決定性(自律性)の観点からは内発的動機づけにかなり近い動機づけであると考えられている。それでも、統合的調整は外部からの統制との関連で動機づけられている外発的動機づけの一つであり、内発的動機づけは自由選択、課題遂行に見出す喜びや満足といった内なる欲求に基づいての動機づけである。自己決定性(自律性)の観点から近い様相を示すとはいえ、理論的には別種の動機づけとして理解されることが重要である。

 

(3) 因果志向性理論(causality orientations theory)

この理論は、図表2に見られる無動機づけ、外発的動機づけ、内発的動機づけを、行為主体の個人差を表すパーソナリティとして理論化したものである。因果志向性は、自己決定性(自律性)の程度にしたがって、(1) 非人格的志向性(無動機づけ)、(2) 統制的志向性(外的調整・取り入れ的調整としての外発的動機づけ)、(3) 自律的志向性(同一化的調整・統合的調整としての外発的動機づけ、内発的動機づけ)に分類される。

(1)~(3)のそれぞれは、有機的統合理論で示される各動機づけを突出化させたものとして理解される。たとえば、自律的志向性の高い者は、自らの関心や価値に基づいて行動する傾向がある。統制的志向性の高い者は、報酬を受け取ること、罰を避けることに意識を向けて、外部からの統制に従って行動を調整する傾向がある。非自己的志向性の高いものは、そもそも無気力であるために行動それ自体に動機づけられることはなく、行動を効果的に調整することにも失敗する傾向がある。

 

(4) 基本的心理欲求理論(basic psychological needs theory)

この理論は、「有機体(個人)が健康であるために必要とするもの」(Deci & Ryan, 2012, p.87)と定義される欲求(needs)をふまえて、「自律性(autonomy)」「有能感(competence)」「関係性(relatedness)」の三つの心理的欲求を、自己決定理論の基礎的欲求として説明するものである。すなわち、自律性とは自己から派生した、あるいは自己に裏づけられた行動をしたいという心理的欲求である。有能感とは、自身の力によって内的・外的環境と効果的にやりとりしたいという心理的欲求である。関係性とは、他者や集団との緊密な関係を確立したいという心理的欲求である。

自律性の欲求と有能感の欲求は認知的評価理論の中核となる心理的欲求であり、自律性の欲求も有機的統合理論の自己決定性と同義の指標でもあった。後にこれらに加わったのが、関係性の欲求である。これは、学習などの個人的な行動を、他者や集団と自己とを関係づけておこないたい、他者のためにしたいなどと思う心理的な欲求を指している。もっと一般的にいえば、社会と満足した、筋の通った関係を持ちたいという心理的欲求だともいえる(Deci & Ryan, 1991; Ryan, 1993)。

 

(5) 目標内容理論(goal contents theory)

この理論は、有機的統合理論の考え方を適用して、「内発的な目標(intrinsic goals)」か「外発的な目標(extrinsic goals)」かの違いによって、人の動機づけが異なること、さらには学業成績やパフォーマンス、精神的健康等への影響が異なることを説明するものである。

内発的な目標内容には、たとえば地域への貢献、健康、人格的成長、交友関係等があり、外発的な目標内容には、たとえば、名声や経済的成功、見栄え等がある。これらは、有機的統合理論で示すような、自己決定的(自律的)か非自己決定的(非自律的)かといった目標の動機(goal motive)を指すものではなく、「地域への貢献」「健康」「名声」「経済的成功」といった目標の内容が異なる動機づけを生み出すことを扱う理論であり、目標動機と目標内容との相違には注意すべきと述べられている(Vansteenkiste, Lens, & Deci, 2006)。

 

 

文献 

Deci, E. L. (1971). Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation. Journal of Personality and Social Psychology, 18(1), 105-115.

Deci, E. L. (1975). Intrinsic motivation. New York: Plenum Press.

Deci, E. L.,& Ryan, R. M. (1980). The empirical exploration of intrinsic motivational processes. In L. Berkowitz (Ed.), Advances in Experimental Social Psychology, Vol.13. New York: Academic Press. pp.39-80.

Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1985). Intrinsic motivation and self-determination in human behavior. New York: Plenum Press.

Deci, E. L.,& Ryan, R. M. (1991). A motivational approach to self: Integration in personality. In R. A. Dienstbier (Ed.), Perspectives on motivation. : Lincoln: University of Nebraska Press. pp.237-288.

Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2011). Self-determination theory. In P. A, M. Van Lange, A. W. Kruglanski, & E. T. Higgins, (Eds.), Handbook of theories of social psychology. Volume 1. Los Angels: SAGE. pp.416-433.

Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2012). Motivation, personality, and development within embedded social contexts: An overview of self-determination theory. In R. M. Ryan (Ed.), The Oxford handbook of human motivation. New York: Oxford University Press. pp.85-107.

Reeve, J. (2012). A self-determination theory perspective on student engagement. In S. L. Christenson, A. L. Reschly, & C. Wylie (Eds)., Handbook of research on student engagement. New York: Springer. pp. 149-172.

Ryan, R. M. (1993). Agency and organization: Intrinsic motivation, autonomy, and the self in psychological development. In J. E. Jacobs (Ed.), Developmental perspectives on motivation. Lincoln: University of Nebraska Press. pp.1-56.

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Intrinsic and extrinsic motivations: Classic definitions and new directions. Contemporary Educational Psychology, 25, 54-67.

坂上貴之 (1999). 動因低減説 中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田裕司 (編) 心理学辞典 有斐閣 p.621.

櫻井茂男 (2009). 自ら学ぶ意欲の心理学-キャリア発達の視点を加えて- 有斐閣

櫻井茂男 (2012). 夢や目標をもって生きよう!-自己決定理論- 鹿毛雅治 (編) モチベーションをまなぶ12の理論-ゼロからわかる「やる気の心理学」入門! 金剛出版 pp.45-72.

スキナー, B. F. (著) 河合伊六・長谷川芳典・高山巌・藤田継道・園田順一・平川忠敏・杉若弘子・藤本光孝・望月昭・大河内浩人・関口由香 (訳) (2003). 科学と人間行動 二瓶社

Vansteenkiste, M., Lens, W., & Deci, E. L. (2006). Intrinsic versus extrinsic goal contents in self-determination theory: Another look at the quality of academic motivation. Educational psychologist, 41(1), 19-31.

山田恒夫 (1999). オペラント行動・オペラント条件づけ 中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田裕司 (編) 心理学辞典 有斐閣 pp.84-85.

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