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1998-1999年の前学習指導要領改訂において打ち出された施策方針の目玉の一つである。
それまでの「ゆとり」か「詰め込み」かといった二項対立的な学力論争に終止符を打ち、21世紀社会を見据えた「生きる力」、その上での「確かな学力」を育む方向性が示された。とくにOECDのPISA調査で測定されるキーコンピテンシーをはじめとして、能力育成が学習指導要領改訂のポイントの一つとなっており、言語活動の充実はその基礎的な活動として示された(合田, 2014)。学力の三要素(「学力の三要素」を参照)の一つとしての思考力・判断力・表現力等(資質・能力)の育成とも明文化され、言語活動をペースメーカーとしながら各教科を横断的に構造化していくことが目指されたのである。
言語とは「数式などを含む広い意味での言語」を指すものと広くとらえ(中央教育審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)』2008年1月17日)、その上で、生徒が言語を使って説明や議論、発表などの活動をおこなうことを「言語活動」と称している。なお、「言語活動」という言葉自体は、1977-78年の小学校・中学校・高等学校の学習指導要領から用いられ始めているが(佐藤, 2015)、1969年の中学校の学習指導要領にも遡って認めることができる。
言語活動のポイントは、文部科学省『言語活動の充実に関する指導事例集-思考力、判断力、表現力等の育成に向けて-(高等学校版)』(2012年6月)で、以下のようにまとめて示されている。
(1)体験から感じ取ったことを表現する
(例)日常生活や体験的な学習活動の中で感じ取ったことを言葉や歌,絵,身体などを用いて表現する
(2)事実を正確に理解し伝達する
(例)身近な動植物の観察や地域の公共施設等の見学の結果を記述・報告する
(3)概念・法則・意図などを解釈し,説明したり活用したりする
(例)需要,供給などの概念で価格の変動をとらえて生産活動や消費活動に生かす
(例)衣食住や健康・安全に関する知識を活用して自分の生活を管理する
(4)情報を分析・評価し,論述する
(例)学習や生活上の課題について,事柄を比較する,分類する,関連付けるなど考えるための技法を活用し,課題を整理する
(例)文章や資料を読んだ上で,自分の知識や経験に照らし合わせて,自分なりの考えをまとめてA4・1枚(1000字程度)といった所与の
条件の中で表現する
(例)自然事象や社会的事象に関する様々な情報や意見をグラフや図表などから読み取ったり,これらを用いて分かりやすく表現したりする
(例)自国や他国の歴史・文化・社会などについて調べ,分析したことを論述する
(5)課題について,構想を立て実践し,評価・改善する
(例)理科の調査研究において,仮説を立てて,観察・実験を行い,その結果を整理し,考察し,まとめ,表現したり改善したりする
(例)芸術表現やものづくり等において,構想を練り,創作活動を行い,その結果を評価し,工夫・改善する
(6)互いの考えを伝え合い,自らの考えや集団の考えを発展させる
(例)予想や仮説の検証方法を考察する場面で,予想や仮説と検証方法を討論しながら考えを深め合う
(例)将来の予測に関する問題などにおいて,問答やディベートの形式を用いて議論を深め,より高次の解決策に至る経験をさせる
各教科における言語活動の観点の例としては、次のように示されている。
各教科等においては、このような国語科で培った能力を基本に、知的活動の基盤とい
う言語の役割の観点からは、例えば、
・観察・実験や社会見学のレポートにおいて、視点を明確にして、観察したり見学したりした事象の差異点や共通点をとらえて記録・報告する(理科、社会等)
・比較や分類、関連付けといった考えるための技法、帰納的な考え方や演繹的な考え方などを活用して説明する(算数・数学、理科等)
・仮説を立てて観察・実験を行い、その結果を評価し、まとめて表現する(理科等)
など、それぞれの教科等の知識・技能を活用する学習活動を充実することが重要である。
また、コミュニケーションや感性・情緒の基盤という言語の役割に関しては、例えば、
・体験から感じ取ったことを言葉や歌、絵、身体などを使って表現する(音楽、図画工作、美術、体育等)
・体験活動を振り返り、そこから学んだことを記述する(生活、特別活動等)
・合唱や合奏、球技やダンスなどの集団的活動や身体表現などを通じて他者と伝え合ったり、共感したりする(音楽、体育等)
・体験したことや調べたことをまとめ、発表し合う(家庭、技術・家庭、特別活動、総合的な学習の時間等)
・討論・討議などにより意見の異なる人を説得したり、協同的に議論して集団としての意見をまとめたりする(道徳、特別活動等)
などを重視する必要がある。
(中央教育審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)』2008年1月17日)
言語活動は、生徒のコミュニケーションや他者や集団での関係の取り方を育てる、ひいては自己肯定感を高める活動に繋がるものとしても提案されている。上記の中教審答申(2008)では、家庭や地域の教育力が低下している状況をふまえて、学校教育の活動が子どもたちの豊かな心や健やかな体の育成に繋がるものでなければならない、と述べられている(以下)。ここで述べられる教育活動は、もちろん言語活動に限定されるものではないが、言語活動の意義として十分に認められるものであり、心に留めておきたい。
第一は、自分に自信がもてず、将来や人間関係に不安を感じているといった子どもたちの現状を踏まえると、子どもたちに、他者、社会、自然・環境とのかかわりの中で、これらと共に生きる自分への自信をもたせる必要がある。
そのためにも、国語をはじめとする言語の能力が重要である。特に、国語は、コミュニケーションや感性・情緒の基盤である。自分や他者の感情や思いを表現したり、受け止めたりする語彙や表現力が乏しいことが、他者とのコミュニケーションがとれなかったり、他者との関係において容易にいわゆるキレてしまう一因になっており、これらについての指導の充実が必要である。
また、親や教師以外の地域の大人や異年齢の子どもたちとの交流、自然の中での集団宿泊活動や職場体験活動、奉仕体験活動などの体験活動は、他者、社会、自然・環境との直接的なかかわりという点で極めて重要である。体験活動の実施については、家庭や地域の果たす役割が大きく、学校ですべてを提供することはできないが、家庭や地域の教育力の低下を踏まえ、きっかけづくりとしての体験活動を充実する必要がある。体験活動は活動しただけで終わりでは意味がない。体験したことを、自己と対話しながら、文章で表現し、伝え合う中で他者と体験を共有し広い認識につながることを重視する必要がある。
自分に自信をもたせることは、決して自分への過信や自分勝手を許容するものではない。現実から逃避したり、今の自分さえよければ良いといった「閉じた個」ではなく、自己と対話を重ね自分自身を深めつつ、他者、社会、自然・環境とのかかわりの中で生きるという自制を伴った「開かれた個」が重要である。他者、社会、自然・環境と共に生きているという実感や達成感が自信の源となる。
(中央教育審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)』2008年1月17日)
合田哲雄 (2014). 言語活動の充実とは何か 指導と評価, 2014年2月号, 6-8.
佐藤卓生 (2015). 教育的経験における「言語活動の充実」の意義に関する一考察 山形大学教職・教育実践研究, 10, 19-28.