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新井大輔(桐蔭学園)
溝上のコメントは最後にあります
私は、1年前まで探究について無知な教員でした。高等学校では理数科の担任を受け持ち、尚且つ化学の教員ということもあり、高大連携教育を目的とした課題研究に積極的に携わってきたつもりです。探究とは、高校の課題研究を大学が支援するプログラムとほぼ同じ内容であるというのが私の認識でした。さらに言えば、今までは理系分野だけ扱っていたものを文系分野にも展開させ、生徒全員が体験するプログラムを考えればよいと勝手に解釈していました。
学園内に探究タスクチームが発足し、学校の理念や方針に基づき、タスクチームで試行錯誤しながら実施に至る本日までの軌跡を今振り返ってみると、当初の私の認識をはるかに超える壮大な計画であったことに気づかされました。私たちが、昨年9月から探究的な時間(以下「みらとび」)の導入に向かってどのように事前準備から実施までプランニングしていったかご紹介していきます。
新学習指導要領における探究の位置づけは、第4章 総合的な探究の時間に以下のように示されています。
探究の見方・考え方を働かせ,横断的・総合的な学習を行うことを通して,自己の在り方生き方を考えながら,よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
タスクチームでは、常にこの新学習指導要領における総合的な探究の時間の目標を念頭において、何度も話し合いを繰り返してきました。今年はじめて桐蔭学園でみらとびの授業を受ける生徒は、1652人です。私たちが考えてきた新学習指導要領における総合的な探究の時間の目標に則した授業が、能力や思考、学力、興味、個性が異なる1652人全員に対して、授業時間内にカリキュラムとして確立させることがタスクチームの大きな目標の一つでした。この目標が達成されたとき、どの学校でも学校事情に合わせて桐蔭学園で行っているみらとびをベースに発展・応用させることで、その学校独自の総合的な探究の時間にアレンジすることが可能だと思われます。それが、探究のファシリテーターとしての役割であると信じて取り組んできました。
基本的な方向性や方針に関しては探究タスクチームで、週1回程度のミーティングを行ってきました。議題として上がったのは、「みらとびのコンセプト」、「2年間の授業運営」、「1学期の授業形式」、「2学期からのゼミ形式授業のルール」、「教員研修」、「評価の仕方」などです。
真っ新な状態から授業をつくる経験が全くなかったので、まずは4月から授業を行えるように教室割りや時間割、チームティーチングのペア決めなど様々な案件をクリアしながら立ち止まることなく、とにかく前へ進めました。必要であれば教員研修を行い、担当する教師からも意見をいただき、みんなで作り上げてきました。教員研修の参加に関しては自主参加ですが、欠席の教員には研修内容を録画した動画を添付したメールと資料を送りました。タスクチームで決めた方向性については、教員研修でアウトプットして、みらとびに関わっている全員が情報を共有することで一定の理解がされたものとして、物事を進めてきました。これまでに行われた3回の教員研修の内容を振り返ると、これまでの計画や考え方の流れが一目瞭然です。
【教員研修】
(1) 1学期の共通スキル習得について(3月19日実施)
第1回目は『1学期の授業の共通スキル10回分の流れ』について2時間程度で行いました。実際に配布される教材をもとに、授業で取り扱うワークシートを教員どうしがグループを組み、生徒の立場になったつもりで探究の必要性を体験してもらいました。特に、チームビルディングをテーマにした回の授業のワークで取り扱ったペーパータワー(A4紙20枚を使って、できるだけ高いタワーをつくる)では、教員であることを忘れ、仲間と一緒に一つの目的を達成させるためにリードする人や時間を管理する人、アイディアをまとめる人など、みんなで探究している姿が印象的でした。
(2) ゼミの名称と内容の決定(5月26日実施)
タスクチームとしては、みらとびを担当する81名の教員が出来る限り自由にやりたいことを探究させてあげたいという思いではありますが、それを実現するためにも最低限の共通のルールを設けることにしました。なぜなら、探究は教科であり、調査書に文章によって評価がつくからです。生徒にとって深い学びになってもらいたいという目標を達成するために、高1では研究計画書の提出、高2では発表、論文、振り返りを必須とし、それ以外のことはゼミ担当者に一任することにしました。
ゼミ担当者の分野が重複しないために、教員から事前に担当することができる分野についてアンケートを実施しました。基本は、『担当者が生徒と共に探究したい分野であり、実際に探究するのは生徒であること。』と『授業を成立させるために生徒が20人程度集まる内容であること』を条件に依頼しました。実際に回答されたゼミの名称と内容をタスクチームで協議し、20人程度集まらないゼミに関しては学習する領域を広げてもらいました。例えば私の場合は、化学ゼミ➡理科ゼミ➡科学総合ゼミというような形で、担当者に負担感が無く、生徒には選びやすい名称と内容の工夫をしました。
(3) 2学期ゼミの具体的内容 (7月20日実施)
1学期の最後の2回分授業を、2学期からのゼミの決定のためにガイダンスと生徒を振り分けるゼミ希望調査に充てました。ガイダンスではそれぞれの帯に所属する生徒全員が一堂に集まり、担当者全員からゼミの説明を聞き、自分が探究してみたいテーマについて複数目星をつけさせました。担当者は1人2分以内にゼミの概要を説明し、ゼミの魅力を生徒に伝えてもらいました。ガイダンスの次回となる1学期の授業の最後は、生徒にゼミ希望調査と1学期の振り返りを実施しました。アンケート用紙に第1希望から第4希望までマークさせ、夏季研修中にそれぞれのゼミに割り振りを行いました。特に、自分がどうしてもやりたいゼミがある場合は、志望理由書を書くように事前に指導しました。志望理由書の形式は自由ですが、生徒が書いた内容が志望に値するか慎重にタスクチームで判断しました。
2学期からはゼミに分かれ、担当者ごとにみらとびを実施しています。下のスライドは、私が担当する科学総合ゼミの2学期の計画と、授業内容の一例です。理系のゼミでよくある調べもの学習を通して、自分や他人が科学の何に興味があるかを知り、科学の様々なテーマに触れることが大切であると考えています。ここでの発表を通じて、共同研究にするか個人研究にするか、または物理・化学・生物・地学のどの分野の実験をするか少しずつ決めることが目的です。
成果としては、約80名の教師が1学期はチームティーチング形式で40クラス、同教材で同進度、約10時間の共通スキルを生徒に教えることができたことです。習熟度別授業を実施している桐蔭学園では、多くの教師にとってこの形式に違和感があったとは思いますが、適応能力が高く、すんなりと順応していました。これは、来年度に向けて大きな進歩だと確信しています。
図表4 生徒の活動の様子
これからの展望としては、ゼミごとにそれぞれの分野について基礎的な探究を行いながら、高1での成果を研究計画書にまとめ、生徒自らが高2での発展的な探究活動へつなげてもらいたいと考えています。この2年間のみらとびの活動を通じて、自分が学びたかったことをみんなの前で発表する体験を自信にし、さらに高校時代の熱心に取り組んだ一つの成果物として論文にまとめることが大切になります。最後に高校入学時の自分と2年間探究しながら成長した自分を振り返ることで、今までわからなかったことがわかる喜びや新しく学べたことが増える感動を数多く経験することで、学ぶことは楽しいと思える生徒を育てたいです。この桐蔭学園でのみらとびの学びが、次のステージである大学生や社会人、さらには一生涯学び続ける原動力につながると信じています。
最後に、半年間探究についての取り組みに携わった立場から「課題研究」と探究の違いについて触れたいと思います。文科省が「課題研究」を理科の単位として認定した時(2011)から「課題研究」では、設定する課題が科学や数学などの「自然科学分野」に限定されていましたが、「探究」では、生徒が学びたいと考える「すべての分野」が対象になります。授業時数や対象学年などの違いはありますが、課題の解決を図るために個人やグループで研究を行い、専門的な知識と技能を関連付け、その深化、総合化を図るとともに、問題解決の能力や自発的・創造的な学習態度を育てるという目的は同じです。
探究では自らが課題を設定し、文献調査や観察・実験などの研究活動を行い、その成果を研究報告書にまとめ、発表します。つまり、生徒が一連の研究の過程を経験し、興味ある分野を探究する能力と態度を育成することが目的となるのです。理系の生徒の興味・関心や進路希望等に応じて、課題設定ができるようになっていた「課題研究」をベースにしながらも、「探究」ではすべての生徒の探究心を満たすために大学や研究機関との連携を進めるなど、生徒が主役の探究活動を実現するべく、教師は生徒に寄り添い、サポートする姿勢を持つことが今まで以上に大切になると思いました。
新井 大輔(あらい だいすけ)@桐蔭学園理科教諭(化学)。探究科主任。中学野球部顧問。