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(講話)まなボードがあるとグループワークが進むのはなぜか?-認知カップリングの考え方

要点

  • まなボードを置いてグループワークをすると、生徒は「何か書かないといけない」「何か答えを出さないといけない」と思うらしい。これは、認知カップリングの考え方で説明ができる。つまり、環境(まなボード)との一体化によって、まなボードを選択的に情報として取り込み(知覚)、そこから思考が促され、行動に移す、という一連の動きが生まれるのである。
  • 認知カップリングの考え方は、仕事のしかた等、私たちの日常のいろいろな場面で応用することができる。本ページでは、私の仕事のしかたを紹介した。
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    第1節 グループワークでのまなボードの使用

     私が教育顧問をする桐蔭学園のAL型授業を推進するうえで一役買ったのは、写真1の「まなボード」(泉株式会社)である。小さいホワイトボードで、黒板に貼ることもできる(導入の経緯は「(桐蔭学園の教育改革)桐蔭学園のアクティブラーニング型授業の改革2015-YouTubeビデオの解説」を参照)。
     桐蔭学園のAL型授業の改革を紹介するYouTubeビデオで、グループワークやプレゼンテーションの多くの場面で、このまなボードが使われている。ある生徒は、「グループにボードを与えられると、ただ話をしているより、“何か書かなくてはいけない”という気持ちになり、何とか答えを出そうとする雰囲気が生まれる」と感想を述べている。

       
       

      写真1 「まなボード」を使用してのグループ ワーク

     

     

    第2節 学術的な説明

     学術的には、環境に埋め込まれた認知カップリングの考え方によって説明される現象である。つまり、かつての情報処理アプローチのように、人の知覚・行動・思考は環境と身体との関係を無視して独立的になされるものではなく、「身体と環境と一体となった場で知覚と行動が生じ、その二つと同等の関係で思考も生じるというものである。すなわち、知覚・行動・思考の全体が環境に埋め込まれ、環境と一体となって、共に状態を遷移させる」(諏訪, 2016, p.92。下線の字は筆者による)ものである。
     この考え方をふまえると、生徒の感想は、環境(まなボード)との一体化によって、まなボードを選択的に情報として取り込み(知覚)、そこから「何か書かなくてはいけない」「何とか答えを出そう」という思考が促され、行動に移す、という一連の動きとして説明される。まなボード(環境)がなくても、この思考と行動は起こるかもしれないが、起こらないかもしれない。しかし、まなボードのある環境に身(体)を置くことで、つまりその環境と身体とが一体となった場でこのような思考と行動が誘発されやすくなるとすれば、「まなボード恐るべし!」である。
     いうまでもなく、まなボードが自らの認知的環境に入れば、それでアクティブラーニングやグループワークが必ず促進されるというものではない。促進の確率が上がる程度の話である。しかし、その確率の上昇は重要である。

     

    おまけ

     私は仕事をするとき、この認知カップリングを多用している。2つの使い方がある。
     1つは、「次はあれ、次はあれ」と次々仕事をこなしていくときである。私の場合、ある仕事を終えて、「さて、次何しようかな」と思った瞬間、仕事へのやる気を落とす。そうならないために、次の仕事をできるだけ可視化して、横に積んでおくという方法をとっている。たとえば、関連資料はまとめて平積みにし、メールであればプリントアウトして見えるようにする。いずれも、視界に入るように可視化して、前の仕事をしながら横目で見て、「次はこれ、その次はこれ」と頭で思いながら仕事をするのである。これはけっこう仕事が進む。
     この方法の問題点は、集中しすぎて、休憩無しで簡単に半日や1日が過ぎてしまうことだ。もっとも、私は仕事の合間に休憩はしないから、ぶっ続けで4~5時間仕事をするが、その分疲労が激しいので、1日机に向かうときは30~40分程度の昼寝(ひどいときは2回も!)をしてしまう。夜もけっこう寝ているか。とにかく集中力は高いが、疲労は激しい。
     もう1つは、嫌な仕事、面倒くさい仕事をやらないといけないときである。頭のなかで「これやらないと・・・」と思ってできるときもあるが、どうしても心が向かわず、他のことばかりして後回しにしてしまうこともけっこうある。しかし、やらないといけない。そこで登場するのがこの認知カップリングの考え方である。方法は同じである。できるだけ関連資料やメール等を可視化して、視界に入れる。すると、これはほんとうに不思議だが、向こう(資料やメール)から「はやくやれ!」というプレッシャーがかかってくる。そして、気づけばその仕事に取り組んでいる。この「気づけば」というのがポイントで、いちいち「よし、やるぞ!」と気合いを入れてもできないわけだから、「面倒くさいなあ」とか気分を挟まないで取り組み始めていることが重要である。取り組み始めたら、勝手に頭が動いていくから、ここから先は大丈夫。皆さんも是非試してみてください。

    文献 

    諏訪正樹 (2016). 「こつ」と「スランプ」の研究-身体知の認知科学- 講談社選書メチエ

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