このページは、溝上の学術的な論考サイトです。考えとサイトポリシーをご了解の上お読みください。 溝上慎一のホームページ
「学校から仕事・社会へのトランジション(transition from school to work / social life)」(以下、「トランジション」とも呼ぶ)は、2つのトランジションをまとめたものである。1つは、「学校から仕事へのトランジション(school-to-work transition)」と呼ばれるもので、生徒学生の学卒後の職業生活への移行を問題とするものである。もう1つは、「(青年期から)成人期へのトランジション(transition to adulthood)」と呼ばれるもので、社会的・発達的に(青年期から)大人への移行を問題とするものである。以下、それぞれを見ていこう。
(1)キャリア形成支援・キャリア教育の用語として
トランジションの一つの文脈は、キャリア形成支援・キャリア教育である。たとえばサヴィカス(Savickas, 1999)が、「これまで60年間・・・トランジションの経験を研究してきた」(p.326)と述べられるほど、その取り組みの歴史を古くまで遡ることができる。
近年では、OECDが取り組む若年労働市場の問題があり、その1つに学校教育から仕事へのトランジションがある。トランジションに関心を持つ近年の研究者や実践家の多くは、下記のようなOECDレポートを見て、この用語を用いている。日本語訳も出されており、関係者がよく見ている文献の一つといえる。
(2) 背景
今日の多くの先進国では、19世紀末から20世紀初頭にかけて、社会が工業化・近代化し、国民国家の形成のもとで学校教育もまた近代化していった。以降、学校教育を経て仕事へ移行するという人びとのライフコースのうちでもとくに義務教育修了後の(後期)中等教育・高等教育を受けて就職するというトランジションの経験は、当初は支配階級や中産階級の子弟に広がり、やがてその他さまざまな立場の人びとへと徐々に広がって一般化してきた。学卒後の社会的地位や職業的成功が、出身階層や属性(性や民族など)や重要な他者の影響を受けながらも、どのような教育を受け、どのような教育アスピレーション(学歴など教育達成への意欲)を抱くかに左右されるかを教育社会学などにおける研究の多くが示してきた。
ショーンとジルベライゼン(Schoon & Silbereisen, 2009)が述べるように、トランジションは一方で、学歴や身につけた技能、意思などの個人の能力や判断によって決まるものである。他方で、そのトランジションを決める労働市場が、社会歴史的な文脈や経済的な条件に影響を受けて変化しやすいという事情がある。新しい技術の導入、単純労働の減少、女性労働者の増加、契約やパートタイムをはじめとする不安定で一時的な雇用を含む雇用形態の多様化、社会の情報化・グローバル化の進展に伴う経済的な変動、労働市場の規制緩和などの要因によって、西欧諸国では1970年代以降、若者の労働市場への参入はより厳しいものとなってきた。
1985-2009年におけるOECD加盟国の若年失業率は、国や年によって様相は異なりながらも、平均して15%を超えている。とくにヨーロッパ諸国の若年失業率はOECD平均を上回っている。十分に知識や技能を身につけていない低学歴者や学校中退者がこの傾向に影響を及ぼしていると見なされている(OECD, 2010)。しかし、ブッフマン(Buchmann, 2011)が述べるように、事態はそう単純ではない。つまり、近年若者が学校教育を受ける期間は長期化しており、平均的な学歴は上がっている。また若年労働者が選好する分野の経済的成長も認められるにもかかわらず、この20年間の若年雇用の見込みはさほど改善されないままである。以前は、若者の学歴を上げることや労働市場の構造を変えることが若者の労働機会を創出すると予測されたが、実際にはそうはならず、少数派民族や移民の問題も絡んで、西欧諸国では事態が複雑になってきている(Wyn & White, 1997)。
若者が学校から仕事へとうまく移行できない状況を示すもっとも明確な指標は若年失業率である。しかし、近年のOECD指標は、失業だけでなく、非活動(inactive:就業にも失業にも分類されない者)、あるいはニート(NEET, Not in Education, Employment or Training:教育、労働、職業訓練のいずれにも参加していない者)の指標も加えて、トランジションの問題を多元的に数値化するようになっている(Quintini et al., 2007)。
日本で、学校から仕事へのトランジションが多くの若者にとって一般的になったのは、子どもが労働から解放された1960年代以降のことである。60年代以降、学校教育を通して職業を選択し人生を形成するというライフコースが、庶民や農家の子どもにまで浸透するようになったのである。その後学校教育修了時における新規学卒者の一括採用、学校の職業紹介・斡旋機能、会社独自のOJT(On the job training)とOff-JT(Off the job training)を組み合わせた企業内教育の充実、日本的雇用システム(とくに年功序列、終身雇用)などに支えられて、日本独自のトランジションが構造化されていった。学校を卒業したあと、安定的なフルタイムの仕事に就くのに数年かかることの多いOECD諸国にくらべて、安定的なフルタイムの仕事(正規雇用)を若年労働市場が新規学卒者にすぐに与える割合が高くかつ若者の離職率が低いことは、日本の大きな特徴だと見なされてきた。
しかしながら、バブル経済が崩壊し、労働市場や雇用システムが大きく様変わりし、情報化・グローバル化が急速に進んだ1990年代以降、学校教育を終えると同時に安定的なフルタイムの仕事(正規雇用)へと移行するという構造が大きく崩れてしまった。そして離転職の一般化、契約・派遣社員、アルバイト、フリーターなどといった雇用形態の多様化によって、最終の学校教育を終えて仕事へと移行するパターンはかなり多様化・複雑化している(小杉, 2010)。こうして日本では、ここ10~15年、学校から仕事へのトランジションが以前のように機能しなくなった状況を問題視して、トランジションに関する研究や支援が盛んになされるようになってきている。
(3) 学校から仕事へのトランジションの国際的な定義
国際的な文脈をふまえてより一般的に考えると、学校から仕事へのトランジション(移行)は「フルタイムの学校教育(full-time schooling)を修了して、安定的なフルタイムの職(stable full-time work)に就くこと」と定義される。以下、この定義の含意について3点を述べる。
第1に、「第1次教育」ではなく、「フルタイムの学校教育」としていることである。国際的な文脈のなかでトランジションを検討するOECD報告書(2010)では、フルタイムの学校教育を「第1次教育(initial education)」という用語で表現する。藤田(2008)によれば、第1次教育とは個人的な教育達成を指し、個人が労働市場に参入する以前の義務教育とそれに直接接続する教育段階を意味している。また、仕事を始めたあとのキャリアアップや学び直し、再訓練等のために学校教育へ戻ることを含めないとされる。
しかしながら、各国固有の状況を見ると、第1次教育の「仕事を始めた後のキャリアアップや学び直し、再訓練等のために学校教育へ戻ることを含めない」の部分が問題になる。たとえば、米国の若者のなかにはフルタイムの学校教育をいったん修了して仕事を始めたあとも、さらなるキャリアアップや学び直しを期待してフルタイムの学校教育へ戻る者が少なからずいる(Kerckhoff, 2000; Neumark, 2007; Staff & Mortimer, 2008)。アラムとハウト(Arum & Hout, 1998)は、約20%の若者は26歳までに学校と仕事への移動を2回以上おこなっていることを報告している。こうしたトランジションは「単線移動(single move)」ではなく、「複線移動(multiple moves)」を意味する。また英国では、フルタイムの学校教育を修了して就職をしたあと、仕事をしながら継続教育機関で教育・研修や夜間学級等でコースを受講し、学歴を上げることがある。そして、それが昇進につながるという状況がある(Kerckhoff [2000] やRaffe et.al [1998] には学校と仕事が交錯する多様で柔軟な英国の状況がくわしく書かれている)。これら2つの例は、いずれも学校と仕事とが断絶して、一方向的に移行がなされるのではなく、両者を往還したり、あるいはゆるやかに学校の割合が下がり、仕事の割合が主となって移行を果たしていくなどのトランジションの形態があることを示唆している。以上のことにより、「第1次教育を修了」よりは「フルタイムの学校教育を修了」としたほうがトランジションの定義としてより適切であると考える。
第2に、「移行期間(transition period)」を前提としていることである。なぜ移行期間が必要かというと、内部労働市場(企業内部にあるとされる労働市場)が非常に発達している国(たとえば米国や英国、日本など)と、職業別労働市場が非常に発達している国とがあり(たとえばドイツ)、また両者の程度によって、その中間に位置する国があり、各国の立ち位置によって学校教育システムがそれぞれ独自に発達しているからである。そして、とくに内部労働市場の発達している国では、ときには失業したり、不安定な仕事や十分なスキルを要しない簡単な仕事に従事することを経ながら、あるいは学校教育を受け直しながら、安定的なフルタイムの職に就くというプロセスが学卒者のなかに少なからず認められるからである(Brzinsky-Fay, 2007; Scherer, 2001)。
第3に、トランジションの終点である「安定的なフルタイムの職」とは、基本的に、生計を立てるのに十分な収入を伴うフルタイムの職のこととされている。これに対比されるのは、一時的な仕事、短時間労働(不完全就業)、最低水準の賃金などによって特徴づけられる職である(Buchmann, 2011)。「安定的で継続的なフルタイムの職」と定義することも考えられるが(たとえばScherer, 2001)、「一時的な仕事」に対するものとして「安定的なフルタイムの仕事」を定義しているので、「継続的な」の意味はそこに十分込められていると本章では考えた。もっとも、「継続的な」を日本の終身雇用制に近いものと見なすには国際的に問題があるので、あくまで短期で解雇されず、契約も切られない程度の意味となる。「継続的な」を「安定的」の意味にまで含み込み、明示しなかった別の理由は、近年、初職に就いたあとの初期キャリアまでを対象とするトランジション研究の流れがあることをふまえてのことである。つまり、安定的なフルタイムの職に就けたとしても、そこで長期間就労できるかは別問題であり、このことがトランジション研究のテーマの1つとなりつつあるからである。
(4) 国際的な定義から見た日本の学校から仕事へのトランジション
前項の国際的な文脈をふまえた観点から、日本のトランジションの状況を理解しよう。
日本のなかだけで理解しようとするなら、トランジションは「学校教育を修了して就職すること」と単純に定義され、それで問題はないのかもしれない。ところが、国際的な文脈をふまえて、この定義をより一般的なものとして使用するとなると、いろいろ問題が発生する。
第1に、「学校教育を修了して」が、フルタイムの学校教育、パートタイムの学校教育のどちらを指すかが国際的には問題となる。先にも述べたが、英国では、フルタイムの学校教育を修了して就職をしたあと、仕事をしながら継続教育機関で教育・研修を受けたり、夜間学校等でコースを受講したりして、学歴を上げる者がいる。そして、それが昇進につながることがある。学校と仕事とが断絶してすばやく仕事へと移行するのではなく、ゆるやかに学校の割合が落ち、仕事の割合が主となって移行を果たしていくといったトランジションの形態が英国には存在する。日本で、「フルタイムの学校教育を修了して」と表現されることはあまりないが、国際的な文脈をふまえたより一般的な観点では必要な表現である。
第2に、後半の「就職」についてである。国際的な文脈をふまえた、より一般的な観点で、トランジションの終点を「就職」と置くことに問題があることは、前項の定義の含意のところで述べたとおりである。しかし、日本においてもこの定義では、すでに問題となる状況となっている。つまり、昨今は初期キャリアにおける離転職が少なくないし、非正規雇用の形態が多様化・複雑化している。日本においてさえ、もはや就職=安定的なフルタイムの職とはいえなくなっている。小杉(2010)は、「初期職業キャリア」が必要だと述べている。彼女のいう初期職業キャリアは、国際的な定義に基づくまさにトランジション過程の状況といえるものである。
(5) 学校教育全体の機能概念として拡張
近年、キャリア形成支援・キャリア教育から学校教育全体の機能を論じる概念としてトランジションが概念拡張した背景には、(今日文科省がでいうところの)資質・能力の育成が教育課題として強く求められるようになったことが挙げられる。承知のように、2000年代に入って、OECDのPISAリテラシーやコンピテンス、コンピテンシー、汎用的技能、21世紀型能力、社会人基礎力、エンプロイヤビリティなどのさまざまな資質・能力の概念が提起され、その育成や課題が論じられるようになる。
そして、資質・能力の育成が媒介となって、それがキャリア形成支援・キャリア教育のみならず、教科教育や教養・専門教育の授業を通しても育てられるべきものと考えられるようになると、トランジションが学校教育全体の機能を理解するための概念となる。そして今日に至る。
日本でいえば、この流れの転換点は、大学教育においても初等中等教育においても2008年頃に見出すことができる。大学教育では2008年の学士課程答申(注1)のなかで、学士課程を修める者が身につける学士力の一次元に「汎用的技能」が据えられたことに転換点を見出せる。初等中等教育では、2008年の学習指導要領改訂(注2)において、学力の三要素、ひいては資質・能力の育成が新たに掲げられたことに転換点を見出せる。学力の三要素は、基礎的な知識・技能の習得のみならず、思考力・判断力・表現力等、主体的に学習に取り組む態度を身につけることまで学力と見なすことを示すものであった。
(注1)中央教育審議会『学士課程教育の構築に向けて(答申)』(2008年12月24日)
(注2)中央教育審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)』(2008年1月17日)
(1) 成人期への移行
もう1つのトランジションは、発達的、社会的に成人期(adulthood)への移行、いわゆる、「大人になる」「社会人になる」ことと関連する。このテーマは、青年心理学(発達心理学)や若者社会学の分野で研究されてきたもので、学術的には「成人期への移行(transition to adulthood)」と表現されることが多い(たとえばCôté & Bynner, 2008; Hogan & Astone, 1986; Mortimer & Larson, 2002など)。
青年期は、子どもから大人への移行期(transitional period)と定義される(詳しくは溝上, 2010を参照)。しかし、学校教育を受ける期間が長期化していること、長引く親への経済的依存、晩婚化などをもって、「引き延ばされた青年期」や「引き延ばされた社会化」「ポスト青年期」と呼ばれる議論がかなりはやい時期からなされている(Denney. 1963; Keniston, 1968; 宮本, 2002, 2004)。発達心理学では、青年期と成人期のあいだにもう一段階「成人形成期(emerging adulthood)」という発達段階を設ける見方も提示されている(Arnett, 2001, 2010)。しかし、批判もある(Côté, 2014 ; Côté & Bynner, 2008)。
いずれの場合でも問題は、青年期と成人期との境界があいまいになってきていることであり、「大人になる」ことの定義が難しくなっていることである。かつてのように、大人(先行世代)が単純に子ども・若者の生き方モデルにならなくなっていること、知識・技術、価値観、生きる知恵などが継承されなくなっているという問題もある(Baumeister, 1986 ; Côté, 1996)。こうして、「大人になる」ことの見定めが難しくなっている。もっとも、青年期が、社会が工業化・近代化して近代学校教育が始まった時期に誕生した社会的・歴史的な発達段階であることをふまえれば(溝上, 2010)、社会が変化して、青年期と成人期の境界や「大人とは何か」が再考されること自体はいたってまっとうな展開である。
「大人になる」ことについては、筆者はジョーンズとウォーレス(2002)の下記の「大人になること」の条件が参考になると考えている。
① 職業生活の開始
② 親からの経済的自立
③ 離家
④ 結婚
⑤ 出産
⑥ 社会的責任や義務の発生
このすべての条件を満たさないと大人になったと見なされないわけではない。大人としての「社会的役割(social role)」、あるいは社会人としての役割にこのような条件があると理解すればいいものである。
もちろん、これですべてではなく、角度を変えると、他にもいろいろな条件が追加される。たとえば、依存から自立への移行を成人期への移行として扱う青年心理学では、「③親からの経済的自立」だけでなく、情緒的自立(自己概念やアイデンティティの感覚、自律性や独立性など)や社会的自立(仲間との交際、異性、親密な他者、家族関係の変化など)をも問題にする(久世, 2000)。時間的展望の分化や現実化もある(西平, 1990)。人格的な成熟を求めることもある(久世, 1980)。地方出身者や将来的なUターンなどの移行を考慮して「大人になる」「社会人になる」ことを扱うならば、地元や地域に対する愛着、地域住民としてのアイデンティティなども問題になるだろう(江崎, 2007; 中嶌, 2012など)。いずれの場合も、広く「大人」「社会人」へと移行する発達的、社会的な成人期への移行の問題だと理解することができる。
(2) 学校から仕事・社会へのトランジションへの拡張
第1節の学校から仕事へのトランジションの議論に重ねよう。
(1)で述べたのは、大人・社会人としての(社会的)役割が「仕事」(=②職業生活の開始)だけではなく、親からの経済的自立や結婚、出産、社会的責任や義務の発生など、テーマによっては情緒的・社会的自立や地元や地域に対する愛着、地域住民としてのアイデンティティまで及ぶということであった。言い換えれば、学校からのトランジションの先は「仕事」だけではないということである。
学校から仕事へのトランジションは、もともとキャリア形成支援・キャリア教育、やがて若年労働市場の変化にともなう失業や無業、ニートなどに対応して発展してきた施策、実践的取り組みであった。それが仕事のみに焦点を当てて移行を論じたのは、その発展経緯から考えて至極当然のことである。しかし、それが学校教育全体の社会的機能の見直し(「(理論)アクティブラーニング論の背景」も参照)として発展するとき、議論は、学校教育の目的が職業人養成だけにあるのではなく、広く大人として、社会人としての確立にまで目を向けられなければならないのも至極当然のことである。とくに就職に直結する高校、大学(高等教育機関)ではそうである。大学教育のなかで、『学士課程答申』(注1を参照)はこの点に釘を刺している。
「・・・国においては、基礎力の養成を求める産業界の意向を踏まえた政策的な対応も始まっている(例えば、厚生労働省の「若年者就職基礎能力」(平成一八年)、経済産業省の「社会人基礎力」(平成一八年))。しかしながら、学士課程教育の目的は、職業人養成にとどまるものではない。自由で民主的な社会を支え、その改善に積極的に関与する市民や、生涯学び続ける学習者を育むこと、知の世界をリードする研究者への途を開くことなど、多様な役割・機能を担っている。各大学は、このことを踏まえて、自主性・自律性を備えた教育機関として、学士課程を通じて学生が習得すべき学習成果の在り方について、さらに吟味することが求められる。」(『学士課程答申』p.10、下線部は筆者による)
学習指導要領に改訂に向けての先の答申(注3)においても、仕事だけでなく、広く生活・人生や社会との関わりにおいて学校教育の社会的機能が見直されねばならないことが述べられている。半数近くの仕事が自動化されることでよく紹介される人工知能(AI)についても、仕事だけでなく広く生活・人生・社会との関わり方が重要であると、議論を敷衍している。これらは、大人として、社会人としての姿を描くものとして理解される。答申の議論を2点引用しよう。
(注3)中央教育審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)』(2016年12月21日)
「・・・学ぶことと自分の人生や社会とのつながりを実感しながら、自らの能力を引き出し、学習したことを活用して、生活や社会の中で出会う課題の解決に主体的に生かしていくという面から見た学力には、課題があることが分かる」(p.6、下線部は筆者による)
「最近では、第4次産業革命ともいわれる、進化した人工知能が様々な判断を行ったり、身近な物の働きがインターネット経由で最適化されたりする時代の到来が、社会や生活を大きく変えていくとの予測がなされている。“人工知能の急速な進化が、人間の職業を奪うのではないか”“今学校で教えていることは時代が変化したら通用しなくなるのではないか”といった不安の声であり、それを裏付けるような未来予測も多く発表されている。・・・」 「人工知能がいかに進化しようとも、それが行っているのは与えられた目的の中での処理である。一方で人間は、感性を豊かに働かせながら、どのような未来を創っていくのか、どのように社会や人生をよりよいものにしていくのかという目的を自ら考え出すことができる。多様な文脈が複雑に入り交じった環境の中でも、場面や状況を理解して自ら目的を設定し、その目的に応じて必要な情報を見いだし、情報を基に深く理解して自分の考えをまとめたり、相手にふさわしい表現を工夫したり、答えのない課題に対して、多様な他者と協働しながら目的に応じた納得解を見いだしたりすることができるという強みを持っている。・・・このために必要な力を成長の中で育んでいるのが、人間の学習である。」(pp.9-10、下線部は筆者による)
以上をふまえて、学校から仕事へのトランジションに「社会」を加えて、「学校から仕事・社会へのトランジション」として移行問題を扱っていくこととしたい。「社会」を「成人期」「大人」とすることは選択肢の一つとしてはあり得るが、ここでは中央教育審議会『今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申)』(2011年1月31日)で用いられている「学校から社会・職業への移行」をふまえて「社会」とした。また、「社会・仕事」の順序ではなく「仕事・社会」の順序で表記する理由は、トランジションがそもそも仕事の領域から出てきた概念であることと(第1章を参照)、とくに筆者の立場において大学、あるいは高校において出口で真っ先に問題になるのが就職としての仕事だからである。小学校から大学までを見渡して「学校から社会・職業への移行」といわなければならない政府と、大学や高校を中心にこの問題を議論している筆者の立場の違いと理解してもらってもいい。
Arnett, J. J. (2001). Adolescence and emerging adulthood: A cultural approach. New Jersey: Pearson Prentice Hall.
Arnett, J. J. (2010). Oh, grow up! Generational grumpling and the new life stage of emerging adulthood: Commentary on Trzesniewski & Donnellan (2010). Perspectives on Psychological Science, 5(1), 89-92.
Arum, R. & Hout, M. (1998). The early returns: The transition from school to work in the United States. In Y. Shavit, & W. Müller. From school to work: A comparative study of educational qualifications and occupational destinations. Oxford, England: Clarendon Press, pp. 471-510.
Baumeister, R. F. (1986). Identity: Cultural change and the struggle for self. New York: Oxford University Press.
Brzinsky-Fay, C. (2007). Lost in transition: Labour market entry sequences of school leavers in Europe. European Sociological Review, 23(4), 409-422.
Buchmann, M. C. (2011). School-to-work transitions. In B. B. Brown, & M. J. Prinstein (Editors-in-chief), Encyclopedia of adolescence. Volume 2: Interpersonal and sociocultural factors. London: Academic Press, pp.306-313.
Côté, J. E. (1996). Sociological perspectives on identity formation: The culture-identity link and identity capital. Journal of Adolescence, 19, 417-428.
Côté, J. (2014). The dangerous myth of emerging adulthood: An evidence-based critique of a flawed developmental theory. Applied Developmental Science, 18(4), 177-188.
Côté, J.,& Bynner, J. M. (2008). Changes in the transition to adulthood in the UK and Canada: The role of structure and agency in emerging adulthood. Journal of Youth Studies, 11(3), 251-268.
Denney, R. (1963). American youth today: A bigger cast, a wider screen. In E. H. Erikson (Ed.), Youth: Change and challenge. New York: Basic Books, pp.131-151.
江崎雄治 (2007). わが国における近年の人口移動の実態--第5回人口移動調査の結果より(その2)-地方圏出身者のUターン移動- 人口問題研究, 63(2), 1-13.
藤田晃之 (2008). EU主要国におけるキャリア教育の取り組みと展開. 仙﨑武・藤田晃之・三村隆男・鹿嶋研之助・池場望・下村英雄(編)キャリア教育の系譜と展開――教育再生のためのグランド・レビュー 社団法人雇用問題研究会 pp. 42-66.
Hogan, D. P., & Astone, N. M. (1986). The transition to adulthood. Annual Review of Sociology, 12, 109-130.
ジョーンズ, G.・ウォーレス, C. (著) 宮本みち子 (監訳) 鈴木宏(訳) (2002). 若者はなぜ大人になれないのか-家族・国家・シティズンシップ- 新評論
Keniston, K. (1968). Young radicals: Notes on committed youth. New York: Harcourt, Brace & World.
Kerckhoff, A. C. (2000). Transition from school to work in comparative perspective. In M. T. Hallinan (Ed.) Handbook of sociology of education. New York: Kluwer Academic / Plenum Publishers, pp.453-474.
小杉礼子 (2010). 若者と初期キャリア――「非典型」からの出発のために. 勁草書房.
久世敏雄 (1980). 青年期とはなにか 久世敏雄・加藤隆勝・五味義夫・江見佳俊・鈴木康平・斎藤耕二『青年心理学入門』有斐閣新書 pp.1-27.
久世敏雄 (2000). 青年心理学のはじまり-ホール- 久世敏雄・齋藤耕二監修『青年心理学事典』福村出版 pp.6-7.
溝上慎一 (2010). 現代青年期の心理学-適応から自己形成の時代へ- 有斐閣選書
宮本みち子 (2002). 若者が<社会的弱者>に転落する 洋泉社
宮本みち子 (2004). ポスト青年期と親子戦略-大人になる意味と形の変容- 勁草書房
Mortimer, J. T., & Larson, R. W. (Eds.) (2002). The changing adolescent experience: Societal trends and the transition to adulthood. New York: Cambridge University Press.
中嶌剛 (2012). 若年者の地元志向とキャリア形成との関連-地方公務員に対する志望要因の分析を手がかりに- キャリアデザイン研究, 8, 21-33.
Neumark, D. (2007). Improving school-to-work transitions: Introduction. In D. Neumark, D. (Ed.) Improving school-to-work transitions. New York: Russell Sage Foundation, pp. 1-23.
西平直喜 (1990). 成人になること-生育史心理学から- 東京大学出版会
OECD (2010). Off to a good start? Jobs for youth. OECD Publishing.
OECD (2013). Education at a glance: OECD indicators 2013. Paris: OECD Publishing.
尾川満宏 (2011). 地方の若者による労働世界の再構築-ローカルな社会状況の変容と労働経験の相互連関- 教育社会学研究, 88, 251-271.
Quintini, G., Martin, J. P., & Martin, S. (2007). The changing nature of the school-to-work transition process in OECD countries. IZA Discussion Papers, NO.2582. 参照日: 2017年4月17日 http://ssrn.com/abstract=964927
Raffe, D., Biggart, A., Fairgrieve, J., Howieson, C., Rodger, J. & Burniston, S. (1998). Thematic review of the transition from initial education to working life: United Kingdom: Background Report. OECD. 参照日: 2017年4月17日 http://www.oecd.org/education/country-studies/1908270.pdf
Savickas, M. L. (1999). The transition from school to work: A developmental perspective. The Career Development Quarterly. 47, 326-336.
Scherer, S. (2001). Early career patterns: A comparison of Great Britain and West Germany. European Sociological Review. 17(2), 119-144.
Schoon, I. & Silbereisen, R. K. (2009). Conceptualizing school-to-work transitions in context. In I. Schoon, & R. K. Silbereisen. (Eds.) Transitions from school to work: Globalization, individualization, and patterns of diversity. New York: Cambridge University Press, pp.3-29.
Staff, J. & Mortimer, J. T. (2008). Social class background and the school-to-work transition. In J. T. Mortimer (Ed.) Social class and transitions to adulthood: New Directions for Child and Adolescent Development. 119, 55-69.
Wyn, J. & White, R. (1997). Rethinking youth. London: Sage.