このページは、溝上の学術的な論考サイトです。考えとサイトポリシーをご了解の上お読みください。 溝上慎一のホームページ
佐伯昌之(東京理科大学)
東京理科大学理工学部土木工学科のウェブサイト
森朋子のコメントは最後にあります。
構造設計の実務においては、幾何学的な空間把握力が要求される。そのため、立体的に図面を表現する立体図学の演習を通して、空間把握力を鍛えることを目標とする。
上記の目標を達成するため、図学(旧科目名称は土木製図)の授業を、2年生を対象とした必修科目として開講している。作図や模型作製など3つの課題を与えており、学生は製図板の上で定規と鉛筆を使用して課題を仕上げることで、空間把握力を鍛える。
(1)授業の進め方:
図1は全15回の授業内容である。第1回目で、授業の進め方や提出すべき課題の説明を行う。それ以降は、教員は講義をしない。基本的には、学生の間を足早に移動しながら作図の誤りを指摘したり、学生からの質問に答えたりする。授業内容の一例として、学生が作製した斜め四角柱の模型を図2に示す。
回数 | 授業内容 |
---|---|
1 | 授業の進め方・学習の仕方について、技術者倫理 |
2~4 | CAD演習、4回目の授業終了までに課題を提出(評価に含めない) |
5~7 | 正軸測投影と透視投影に関する課題を7回目の授業終了までに提出(翌週に採点結果を返却) |
8~9 | 副投影法に関する課題を9回目の授業終了までに提出(翌週に採点結果を返却) |
10~15 | 平面図と立面図から斜め四角柱の模型を作製し提出 |
図1 全15回の授業内容
この授業の主なルールを以下にまとめる。
(2)授業で意識していること、自分で考えることを促す仕組み:
10年以上この授業を担当して感じることは、図学は微分積分や力学などと比較して学生間の得意・不得意の差が非常に大きい、ということである。得意な学生は、テキストを斜め読みしただけで答えが解り、短時間で課題を仕上げる。一方で、不得意な学生は途方に暮れる。そして、教員やTAが作図法の手順を教えたところで、課題は完成しても、空間把握力は身につかない。そのため、この授業では、第1回目の講義で必要な材料をすべて学生に提供し、あとは放置して、学生が自分自身で考えることを促している。
初回の授業でオリジナルのテキストを配布し、提出すべき課題を全て説明する。解法は全てテキストに記載されているので説明しない。ただし、不得意な学生は何をすればよいのか分からないので、解説動画をWeb上にアップし、それを予習してくることを推奨している。多くの学生は解説動画とテキストで作図法を理解できるが、残念ながら理解できない学生や、予習をしてこない学生のために、授業中は学生同士のお喋りを許可している。基本的に学生は質問を恥ずかしがるが、友人とのお喋りで他の人も理解できていないことがわかれば、自信をもって教員やTAに質問する。学生の疑問を解決する上で、学生間のお喋りは重要だと考えている。(教員が黒板の前で話をしているときのお喋りは厳しく禁止している。)
図3 TAが学生に対応している様子
図4 自然に学び合い教え合いをする様子
この授業に特化した話ではないが、学生は理解不能に陥ると授業と関係ない話題で盛り上がり、部屋がうるさくなる。そのため、友人たちの誰かが理解し、教えることができる状態を保つことが重要となる。この状態が維持できていれば、部屋は適度に静穏な環境が保たれ、ほぼ全員が集中して課題に取組める。
空間把握力を鍛えるには、自分で手を動かしながら考えることが重要だと思っている。そのため、予習を促す仕組み(飴と鞭)を組み込んでいる。休日に家で友達と作業すると、すでに完成している友達の課題を写すだけになり、自分で考えない事が予想される。完成した課題を丸写しできないようにするために、早く課題を仕上げた人の課題はその場で評価し、回収してしまう。一方、早く仕上げるメリットがなければ、誰も早く課題を仕上げようとしない。そのため、全ての課題がS評価であればそれ以降の授業に参加しなくてもよいことにしており、これは強い動機となる。ちなみに、この授業は月曜日の1限(9:00~10:30)に開講されおり、この点で非常に評判が悪い。いずれにしても、作業は授業時間内しかできないため、早く仕上げるためには予習をしてくる必要がある。
この授業方法には以下のメリットがあると考えている。
この授業では、2016年度と2017年度の2回にAL調査が行われている。統合結果をみると、どちらも2016年度のAL尺度(外化)を除き、各変数の尺度得点はほぼ全体(平均)に近い値になっている。2016年度のAL尺度(外化)のみは、非常に低い値となっている。実は、2016年度はWeb上にアップロードした解説動画が視聴できない状態になっていた。そのため、学生の理解度が全体的に低く、「他者に自身の考えを主張する態度」が弱くなったと思われる。学習アプローチの推移をみても、プレとポストを比較すると、普通は浅い学習アプローチが低下し、深い学習アプローチが上昇するが、2016年度の本授業では、浅い学習アプローチ(特に、2.授業内容を理解するのが難しい、3.授業のテーマは、何を意味しているのか理解できない複雑なやり方で示される)がポストで大幅に上昇していた。このことからも、解説動画を見ることができなかったために多くの学生の理解度が低く、とりあえず課題を仕上げて提出したものと推察される。
ところで、全体(平均)では、浅い学習アプローチが低下し、深い学習アプローチが上昇するが、本授業では2017年度を見ても、浅い学習アプローチは一定を保ち、深い学習アプローチが低下する傾向が見られる。より詳細にみると、主として他の科目や実体験と関連付けようとする態度についての点数が低下しており、これが原因で深い学習アプローチが低下している。この授業は、力学などと異なり、他の授業との関連は薄く、これのみが独立した科目であることから、深い学習アプローチが低下するのは妥当であると考えている。
コンピテンシーを見ると、②分析力や問題解決能力、③ 専門分野や学科の知識がプレよりポストで上昇している傾向がみられ、この点については授業の狙いと一致している。
この授業方法では、学生間のお喋りを推奨しているが、教える側の学生の能力向上を非常に強く感じる。他人より早く課題を進める学生は教える側になり、友人に説明する過程で理解が深まり、空間把握力のみならず様々な能力が成長するように思われる。一方で、解法の手順のみを友人から教えて貰った学生は、なんとか課題は仕上げても、空間把握力がどれだけ伸びたかは正直なところ分からない。
佐伯 昌之(さえき まさゆき)@東京理科大学理工学部土木工学科 教授