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(AL関連の実践)【大学/経営学部】子どものブロックで創って語る、理想の将来

牧野恵美(東京理科大学経営学部)

東京理科大学経営学部のウェブサイト

森朋子のコメントは最後にあります。

対象授業

 

 

第1節 目標

東京理科大学経営学科に入学する学生の多くは、大企業への就職を希望している。しかし一方では、日本経済の起爆剤となりうる、アントレプレナー(起業家)の育成が急務となっている。経営学科では2016年から起業家教育を必修化し、新しい「業」を起こすためのスキルを身につけるための教育をしている。入学早々に受講する科目が「アントレプレナーシップ入門」である。起業家になるのが目標ではなく、キャリアの見通しや考え方を広げ、起業に不可欠なチームワーク、コミュニケーション、リーダーシップ、自己理解など、汎用的なスキルの習得を目指す。「自分は起業家に向いていない」と決め込む学生も少なくない。マインドセット(意識)を変えるには、座学では限界があるため、提供する「知識」や「情報」はできるだけ絞り込み、多様なグループワークと振り返りを組み合わせ、行動を促す「アクション・ラーニング」を重視した講義設計を心がけている。

 

 

第2節 授業実践例

起業家にとって最大の資産は、自分自身である。講義では自分ではなく、自分を強調。自分の強みを踏まえたうえで、将来を自らの手で紡ぎだすことでアントレプレナーシップが発揮できるからだ。大企業に就職するという、漠然としたキャリアパスしか描けない学生には、理想の将来像がイメージしづらい。普通にディスカッションしても、らちが明かない。

そこで、学生自身の潜在意識にある暗黙知を形式化することを目的に、レゴ®シリアスプレイ®(LSP)という組織開発のワークショップ手法(図表1)を1回の授業で取り入れた。特殊なブロックを含む50個のレゴブロックで構成されたキットを使い、与えられた「問い」に対する答えをブロックでつくり、ストーリーを語るというワークを何回か繰り返す(図表2)。

図表1 LSPは企業向けに開発された手法

図表2 ワークショップの流れ

大学の講義はLSPを使うには制約が多い。例えば、通常は最低でも3時間でワークショップを実施するのだが、大学の講義は90分という制限がある。また、12人くらいに専門ファシリテーターが1人つくところ、これも通常授業では確保が難しい。本講義の受講生は約150人。それでも、LSPを使わずに、「理想的な将来を創造する」というテーマで学生に普通にグループで議論するより、ブロックを介在したほうが盛り上がり、学びが大きいと判断し、思い切って導入した。LSPのファシリテーター資格を2013年に取得後、大学院や留学生なども交えたワークショップをいくつも実施した実績があり、手ごたえを感じていた。

 

 

時間 学習内容・学習活動 指導上の留意点
15分 イントロとして短いレクチャー。自分が大切にしている価値観を明らかにする心理的尺度であるVIA強み診断を宿題で受けており、その解説をする。 最初にレクチャーで始めるのは、遅刻した学生がいても、メインのワークに影響が出ないようにするための妥協。本当ならすぐにワークに入る方が効果的。
5分 この日のワークに使うレゴ🄬シリアスプレイ🄬(LSP)の簡単な紹介とルールの説明。
30分 LSPのスキルビルディング。全員に同じキットを配り、まずはできるだけ多くのブロックを使って「塔」をつくる。次に、画面表示されたモデルをつくり、そのモデルを使ってVIA診断で一番だった強みについて、グループメンバーに対してストーリーを語る。最後に、「夢のような授業」をテーマに自由に作品をつくり、互いに共有する。 レゴは子どものおもちゃだが、授業では特殊な使い方をするため、予行演習のような「スキルビルディング」を実施。
30分 将来のキャリアについて想像する、本番のワーク。10年後にタイムスリップし、キャリアは順風満帆。その職場をイメージして作品をつくる。その仕事やキャリアに関するキーワードを配布した情報カードに書く。今度は自分の作品を紹介するのではなく、席替えをして、残されたキーワードをヒントに、他のメンバーの職場について想像でストーリーを語る。一巡したら、もとの席に戻り、正解を共有。 全員がつくり、全員が語るのがLSPのルール。本来なら自分の作品で自分のストーリーを語るのだが、あえて他人のストーリーを想像で語らせる。「何をしゃべろう」と気になると、他人の話を聞かなくなるため。
10分+宿題 レゴキットの回収と宿題の連絡。宿題はワークの振り返りでウェブ学習システムで提出。 ブロックの数を数えてもらい、キットの中身を確認。人数が多いので、回収に時間がかかる。

 

 

学生の様子

最初はざわついていた教室も、実際に作品をつくりはじめると「しーん」と静まり返る。特に本題である「10年後の職場」のワーク中は、全員が作品をつくるのに集中し、私語もほとんどない。ストーリーは全員が共有するので、その時間になると、大教室の音量は一気にあがる。

LSPを使う時だけは、相手の目を見て話すのではなく、作品を見ながら語る。普段、語りなれない学生でも、モノを介在するとストーリーが語りやすい。姿勢が前のめりになって、語り合うグループが多く、学生のエンゲージメントが高い。最新の認知科学によると、肯定的な感情は人間の視野を広げる効果がある。笑顔で楽しみながらワークをすると、学生も未来について想像しやすくなる。

 図表3 授業の様子 

 

第3節 今後の課題

最大の課題は、ファシリテーターの確保である。今回は、最低限のファシリテーションで強行する、という方針で実施した。ディスカッションが円滑に進まないグループは、ファシリテーションすることで、ディスカッション内容の質が一気に高まる。専用キットの確保も課題。専用キットは日本では入手が難しく、かつ、玩具に比べて割高である。今回は、LSPを専門とするコンサルティング会社からレンタルした。1つの授業のためにかかる労力が大きいが、学生にとって印象深いワークとなった。1年生のうちにLSPを体験していると、高年次授業でも導入しやすいため、今後もチャレンジしていきたい。

 

 

文献 

ラスムセン、蓮沼、石原著『戦略を形にする思考術: レゴ(R)シリアスプレイ(R)で組織はよみがえる』(2016)徳間書店

VIA Institute on Character 「VIA Survey」(強み診断。日本語版あり)http://www.viacharacter.org

 

 

森朋子のコメント (*)氏のプロファイルはこちら

 

 

プロファイル

牧野 恵美(まきの えみ)@東京理科大学経営学部・准教授


  • 一言:一人で考え込むのではなく、他者とわいわいがやがやしながら活動することで、自分の道をつくるための小さな突破口を学生に発見してほしい。心理的な安全を保証し、失敗から学べる環境をつくっていきたいと思っています。

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