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学習院大学のウェブサイト
森朋子のコメントは最後にあります。
シラバスでは以下のように「授業の目標」「授業の進め方」を示しています。
(1) 授業の目標
初年次の科目として「論理的思考の育成」、「大学における学び方」、「作文・レポートの書き方」を身につけることを目指しています。この授業では高校までのように決められた教科書はありません。このような決まった正解があり、テストで確認するというタイプ以外の授業は大学には多くあります。そこでこの授業では、自分で様々な資料を集め、それについて検討し考えを深めること、他者の意見を踏まえたうえで自分の意見を論理的に述べること、 などを段階的に学んでいきます。授業はクループディスカッションを中心に進めます。
(2) 授業の進め方
授業の基本的な流れは表1のとおりです。基本的には2コマで1セッション(1つの作文テーマ)を行っています。
1 | 講義(構想、アウトライン、中心文・指示文、引用の仕方など) 15分 |
2 | グループディスカッション(「気になったニュース」の紹介とそれに対して意見を述べる、作文テーマについて討論、テーマに関する資料を読んで意見交換、など)→→代表者が話し合った内容をクラスで発表 60~90分(2日に分けることもある) |
3 | アウトライン作成→グループメンバーに向け口頭で説明→アウトラインを修正 15分 |
4 | 作文(宿題) 約40~60分 |
5 | 自己訂正後、ピア・レスポンス(良いところ、分かりにくいところを指摘)メンバーはグループ代表作文を選び、その理由を発表。選ばれた学生が音読。作文提出 40分 |
6 | 教師が添削し作文返却。学生は教師添削を確認。教師による作文の講評 |
図表1 1セッションの授業の流れ(1セッション2コマ 毎授業の最後に大福帳記入(注1)(5分)
筆者がこの科目において「主体的・対話的で深い学び」を進めるための次の3つの工夫(1)学生に身につけさせたい能力と作文テーマをリンクさせる、 (2)「総合力」を身につけさせる、(3)留学生を活用する、を紹介したいと思います。
(1) 工夫1 学生に身につけさせたい能力と作文のテーマをリンクさせる
文章表現科目において、適切な作文テーマを設定することは、学生の学びを深めるためにとても重要であると筆者は考えています。筆者の授業では、作文(1編600~800字)を4編書かせ、 学期の最後にその中の1つの作文の内容を掘り下げて最終レポート(2000~3000字)として書かせています。つまり1学期に4つのテーマを取り扱っています。
作文テーマの1つ目は、オンライン作文交換活動「さくぶん.org」(注2)の共通テーマを使用しています。質問紙調査を行った2017年春学期のテーマは「言葉づかいに悩むとき」、 授業見学が行われた2018年秋学期は「大学生活の意義」でした。この初回の作文指導の際は、マッピング(注3)やアイディアシート(注4)を使った構想支援や、アウトラインの書き方などを丁寧に教えています。 またオンラインの作文交換では、国内外の学生(日本人大学生や日本語を学ぶ非母語話者)が同じテーマについて作文を書き、掲示板上に100篇以上並ぶことから、様々なバックグラウンドを持つ読み手を意識して 書くことや、他の人と同じ内容にならないように、オリジナリティーを出すことを意識させやすいと感じています。
2つ目の作文は「ニセ科学・ニセ情報」をテーマにしています。作文やレポートを書くにあたり、参考文献を調べることが必須となりますが、その際に情報を吟味する力をまず身につけてもらいたいと考えています。 この「ニセ科学・ニセ情報」の授業は次の2つの講演(1)藤田一郎氏「脳ブームの迷信、真実、教訓~学生とともに学ぶ」(注5)、(2)下村健一氏「SNSの弊害、フェイクニュースから学生を守る“4つのギモン”~ 使えるメディアリテラシー」(注6)を参考に設計しました。科学のように見えて科学でない「ニセ科学」、またメディアからの情報の収集や、学生自身のSNSでの発信について「メディアリテラシー」の力を身につけることを 目標にしました。
3つ目のテーマは日本国内で問題になっていること、4つ目のテーマは国際的に問題になっていることを毎年選んで取り上げています。国内問題については、具体的には「少子高齢化、人口減少社会、 シルバーポリティクス、子供の貧困、格差社会」などの様々な記事の内容を関連づけて紹介しました。ここ数年は、紙のハンドアウトの配布は行わず、授業中に個人のスマートフォンで資料にアクセスさせています。 これらを読んで考えたこと、疑問に思ったことについてグループディスカッションを通して多角的に考えさせます。これらのテーマの中から、興味を持ったテーマについて一つ選び、内容を掘り下げて作文を書かせました。 国際問題については、「ヨーロッパやアメリカの移民に関する問題、格差社会、貧困、子供の教育」をテーマとしました。多くの学生は、3つ目の国内問題で選んだテーマと関連した内容の作文を書いています。
図表2 2018年度後期のスケジュール オンラインの作文交換活動を関わる箇所はグレーで示した。
(2) 工夫2 「総合力」を身につけさせる
本授業は「日本語表現法」という科目で、主に書く力を伸ばすことを目的に設定された授業です。しかし、深い内容のある文章が書けるようになるためには、文章技法を身につけるだけでは不十分で、 クリティカルに(論理的・批判的に)考える力や、社会問題に関心を向けること、そしてそれに対する自分の意見を持つことなどがベースになってはじめて深みのある文章が書けるようになるのではないか、 と筆者は考えています。特に、本授業で対象とする初年次の学生にとっては、今までの高校での「正解がある学び」から「大学での学び」への移行期であり、「自分で問題設定をし、様々な資料や意見を多角的に 検討したうえで、自分の考えを変容させたり深めたり」する経験が大切なのではないでしょうか。
ここでいう総合力というのは、①作文やレポートを書く力、に加え、②わかりやすく自分の考えを口頭で伝える力、③仲間と楽しんだり協力したりできるコミュニケーション力、④多様性を知り、 違いを受け入れたり楽しんだりできる異文化理解、⑤社会への関心や、メディアリテラシーも含めた論理的思考力、などを指しています(モデル化したものを図2に示します)。これらの力を伸ばすため、 授業はグループディスカッション中心にすすめて、書くことは宿題にしています。学期の終わりにこの5つの力が伸びていてほしいのはもちろんですが、情報を吟味する力、異文化に興味を持ち違いを受け入れる力など、 授業で身につけたものを大学での4年間を通してさらに伸ばしていってほしいと思っています。さらに社会に出てからも自分で成長しつづけられるためには、教員が正解を示すだけでなく、自分で学ぶ習慣や、 学び方などについても授業を通して伝えていければと思っています。
図表3 文章表現科目における「総合力」モデル図
総合力を伸ばすための一つの試みとして、毎授業のグループディスカッションの冒頭で「気になった最近のニュースをグループのメンバーに紹介し、それについての自分の意見を述べる」という活動を行っています。社会問題に目を向けることや、ニュースを要約すること、そのニュースについて自分の考えを持ち他人に分かりやすく伝えることを習慣化することにより、学生の思考や言語能力が深まり、それが作文に反映されていると感じています。
(3) 工夫3 留学生を活用する
現在、大学ではグローバル人材育成が目指されています。外国人との交流というと、英語を使わなければならないというようなイメージがありますが、日本に住んでいる外国人と交流する際は、日本語によるコミュニケーションも大切なものです。例えば、学習院大学がある東京都豊島区の外国人を対象としたアンケートでは、日常会話が可能なことばを調査したところ、「日本語」が 89.3%と最も高く、次いで「中国語」 (54.4%)、「英語」(39.2%)、「韓国・朝鮮語」(12.4%)の順となっています(注7)
学生が社会に出た後、職場や生活の場では外国人はさらに増え続けることが予想されます。そのため学生には①外国人にも伝わる話し方や書き方を身につけること、②他者との様々な意見の違いがあることを知り、それを楽しめること、③自分の主張を述べるときに異なった意見があることを考慮し、分かりやすく伝えられる能力を身につけること、などを身につけてほしい、と伝えています。
本授業では、留学生も数人履修していることが多く、彼らを積極的に活用するようにしています。例えば、様々なテーマについて日本と比較して、母国の文化について話してもらったり、彼らの見方や意見を発表してもらったりします。そうすると日本の学生からはとても新鮮で勉強になったという肯定的なコメントが大福帳(注1)に書かれます。また、日本語の文法や類義語の使い分けについては、留学生の方が体系的に学んでいたり、客観的に捉えられていたりするので(例えば「大きい」と「大きな」の違い、「行ったんです」と「行きました」の違いなど)、このようなテーマで話し合いをさせると「日本人なのに日本語が分かっていないから、もっとちゃんと勉強したい」などのコメントも良く聞かれ、日本の学生も刺激を受けている様子が分かります。留学生は、日本語を話したり書いたりする力では母語話者に及びませんが、彼らの得意分野を積極的に活用し、母語話者と出来るだけ対等な関係で学びあえるようにしたいと考えています。
もちろん、毎年留学生が履修してくれるとも限らないため、3.1で述べた「さくぶん.org」などのオンライン上の異文化交流の活動なども利用し、様々な手段で日本人学生の視野を広げられるように心がけています。
また、留学生の活用ではないのですが、作文課題4などで外国の事情をテーマとする際は、筆者が大学の講師室でお目にかかる様々な国籍の先生(主に外国語担当の先生)に、その国の人々の考え方や受け止め方などを尋ねて、そのコメントを学生たちに伝えることなどもあります。学生たち(特に外国語を専攻とする学生などは)も、外国語の先生や留学生から直接聞いた海外事情を作文に取り入れることも良く見られます。学内の留学生や外国にルーツがある先生方との交流や活用については、今後は工夫を加え、より積極的に行っていきたいと考えています。
図表4 教室でのグループディスカッションの様子
本調査は2017年度前期に行いました。プレテストは第2回目の授業の終わりに、ポストテストは、学期最後の授業に行いました。プレテストは「プレ」とはいえ、2回目までの学生の状況を表したものになります。
プレテストでは「主体的学習態度」が3.65であり、もともと学習動機が高い学生たちが多かったことが分かります。学習院大学はおとなしく真面目に学ぶ学生さんが多い校風ですが、何より本授業は選択科目であり、主体的に選んで受講していることがこの数値に現れていると思われます。初回の授業で「なぜこの科目を選びましたか」と尋ねると「書くことが苦手だけど、上手くなりたいから」、「大学でレポートを書く際や、将来社会人となったときに書く力は大切だから」と具体的な学習目標をもって授業を受講してくる学生が多いと感じます(注8)。
学習アプローチの推移に関しては、プレからポストにかけて「深い学習アプローチ」が3.64→4.04と上昇し、「浅い学習アプローチ」が2.67→2.25と減少していました。深い学習アプローチの質問項目「4.様々な見方を考慮して、問題の背後にあることを理解することが私にとって重要だ」などは、本授業で書かせた社会的なテーマ(作文テーマ3,4)などが影響していると思われます。「8.授業で学んでいることについて、自分なりの結論を導くための根拠を注意深く調べる」の項目も作文テーマ2(ニセ科学・ニセ情報)の学習効果で数値が高くなったことが予想されます。このように自分で考えることを重視した授業設計が、学習アプローチの変化に影響を与えたのではないかと考えられます。
コンピテンシーについては、4.5を超えた項目は「12文章表現の能力」と「1一般的な教養」であり、初年次科目としての「日本語表現法」の効果が最も感じられているようでした。4.0を超えた項目は、「2分析力や問題解決能力」、「5異文化の人々に関する知識」「11国民が直面する問題を理解する能力」、「14コミュニケーションの能力」、「19グローバルな問題の理解」の5項目でした。グループディスカッションという授業形式が与えた効果が14に、留学生の活用や「さくぶん.org」の異文化交流の効果が5に、作文課題(ニセ科学・ニセ情報、国内問題、国際的な問題)の効果が2や11や19などに現れていると思われます。筆者が学生に身につけて欲しいと考えている能力と、本AL調査におけるコンピテンシーの概念とが非常に近かったため、調査結果の数値が高かったのではないかと感じています。
授業外学習時間については、平均が1時間~2時間以内とのことでした。作文は授業中に書かせず宿題にしていますが、2回に1回ぐらいの頻度です。授業中にアウトラインまで作成済みなので、約40分程で書きあがると思われます。この学習時間には、ディスカッションのために「気になったニュース」をチェックしたり、作文テーマについて考えたり、資料を調べたりする自主的な学習時間が多く含まれていると思われます
図表5 学習院大学 授業フィードバック(大きく)
本調査では「AL型授業に対する評価」が4.47と非常に高かったのですが、当該科目「日本語表現法」の学習内容がアクティブ・ラーニング型の授業に向いていたためであろうと思います。筆者が担当するすべての科目でこのようなAL型の授業が行えているわけではありません。
また、筆者は複数の大学で教えていますが、同じように授業を行ったとしても、大学によって、あるいはその年のクラスの雰囲気で教育の効果が変わってくるように感じます。大学で行っている授業アンケート(本調査ほど詳細ではなく、測定する項目も違っていますが)を見ても、授業やグループ活動がにぎやかに盛り上がったクラスでは、教員評価が高くなったり、作文課題に熱心に取り組む傾向が見られたりします。
学生のレベルやモチベ―ション、興味に合わせて臨機応変に対応できるように授業改善を続けていきたいと思っています。ぜひ、今後とも様々な教育機関の先生方と授業実践についての情報交換をさせていただきたいと考えています。
吉田美登利(よしだ みどり)@学習院大学PD研究員、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院非常勤講師、関東学院大学経済学部非常勤講師