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(桐蔭学園の教育改革)修学旅行-事前・現地・事後学習のプランニング
松永和也(桐蔭学園)

(溝上のコメントは最後にあります)

第1節 はじめに

修学旅行は「楽しい思い出づくり」の場。生徒は修学旅行の主目的をそのように考えている事が多いと思います。また、教員の側も学びと結びつけることに意識が向いていない場合があります。しかし、学びと楽しい思い出づくりは矛盾なく同時に成立すると考えます。実際に生徒へ伝えたのは「個人の旅行ではできないことをどれだけできるか考えるのが楽しい」ということです。そしてそれを考えることが自ずとふり返って学びになっているということです。

私たちが、この目標に向かってどのように修学旅行をプランニングしているかご紹介していきます。

 

 

第2節 修学旅行の位置づけ

新学習指導要領における修学旅行の位置づけは第5章特別活動に以下のように示されています。

 

⑷旅行・集団宿泊的行事

平素と異なる生活環境にあって、見聞を広め、自然や文化などに親しむとともに、よりよい人間関係を築くなどの集団生活の在り方や公衆道徳などについての体験を積むことができるようにすること。

 

また、解説には以下のような留意点(抜粋)の記載があります。

ア.生徒の自主的な活動の場や機会を十分に考慮し、生徒の役割分担、生徒相互の協力、きまり・約束の遵守、人間関係を深める活動などの充実を図ること。また、文化的行事や健康安全・体育的行事、勤労生産・奉仕的行事との関連などを重視して、単なる物見遊山に終わることのない有意義な旅行・集団宿泊的行事を計画・実施するよう十分に留意すること。また、生徒の入学から卒業までの間に宿泊を伴う行事を実施すること。
イ.指導計画の作成とその実施に当たっては、行事の目的やねらいを明確にした上で、その内容に応じて各教科、道徳科、総合的な学習の時間、学級活動などとの関連を工夫すること。また、事前の学習や、事後のまとめや発表などを工夫し、体験したことがより深まるような活動を工夫すること。
ウ.学級活動などにおいて、事前に、目的、日程、活動内容などについて指導を十分に行い、生徒の参加意欲を高めるとともに、保護者にも必要事項について知らせておく。
エ.実施に当たっては、地域社会の社会教育施設等を積極的に活用するなど工夫し、十分に自然や文化などに触れられるよう配慮する。

 

以上の姿勢と、本校の教育特色を踏まえて3つの観点で修学旅行にまつわる学びのプランニングを進めました。

① 生徒主体の行事運営

② 体系化された学習・体験の流れ

③ ICTを利用した表現の広がり

2017年度に行われた中学3年生(男子部、女子部、中等前期)の取り組みを例にとって紹介します。

 

 

第3節 取り組み事例

① 生徒主体で行事を運営する

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図表1 活動の様子

 

年度始めに修学旅行委員会を発足し、週1回程度のランチミーティングを重ねていきました。議題として上がったのは、「旅行のテーマ(キャッチフレーズ)」「おこづかいの上限」「携帯など所持品の利用ルール」「服装のルール」「しおりに必要な内容」「ポスター選び」「訪問地へのプレゼントづくり」などです。今までは、担当教員が例年の情報をもとに〈なんとなく〉決めていたものを、小さなこともあえて含めて話題化し生徒に考えて貰いました。時間はかかりますが、そもそも1回15分程度のランチミーティングですから議論を進めようとするよりも、現地での動きをみんなでイメージし共有していく中で考えるべきことを整理していく時間としました。もちろん生徒たちの出した結論を全て叶えることはできません。しかし、自分たちの意見が直接反映された部分だけでなく、許可されなったものも理由を説明されることで納得度があがり、行事への参加意識を高めることができました。生徒のふり返りにも「今までの学校行事とは異なり、自分たちでルールを決めたり、生徒がメインでつくりあげられたので楽しかった」とあります。ミーティングだけでなく、事前学習として生徒全員で情報を共有する学年集会や、事後学習の発表会などでも委員の生徒が司会進行を行い、教員はそこに向けた準備の支援に力を入れました。

 

② 体系化された学習・体験の流れ

今までも魅力的な学びの機会は多くありました。しかし、それが単発のイベントとして存在していて有機的につなげられていないこともままあります。そこで、現地での体験が「事前学習を検証する場」であり「事後学習に向けた研修の場」になるような、体系的な学びを目指しました。

東北を訪れた女子部は事前学習の一つとして震災関連記事のスクラップづくりと発表を行いました。原発や防災、復興、家族、支援…など20のテーマに分かれ、それぞれのテーマの記事を収集、模造紙に整理し、分析の結果を発表して、情報を共有しました。また、現在宮城県南三陸町の復興応援大使を務められているOGを招いて意見交換の場を設けました。現地を訪れた生徒の感想には「本当の意味では被災者の方々が味わった津波の恐怖を理解することは、実際に体験しないとわからないと思いますが、事前学習で学んだ後にこの景色を見たことによって、少し津波の恐ろしさを感じることができたと思います。」とあります。

広島を訪れた男子部は「身近な「戦争」を考える」という課題を事後に行うことを強く意識して現地での平和学習に取り組みました。「あの戦争」を過去の出来事としてただ知ることで終わるのではなく、自分自身の課題に引きつけて考えました。事後発表会での生徒作品例のPDFはこちらです。

また、京都を訪れた中等前期はあらかじめ旅行の日程にクラスごとの保護者を招いた発表会を組み入れていました。常に現地での体験を自分の発表に則して言語化していく力が求められました。

全体を通して注意したいのは、現地で得た情報や気づきが、事前に調べればわかるものではなく、現地でしか得られないものになるようプランニングすることです。そこには教員による計画的な課題設定が必須になります。

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図表2 活動の様子

 

③ ICTを利用した表現の広がり

図表3 修学旅行ホームページ

 

本校生徒は入学時よりタブレットを貸与されています。主な活用法としては学習支援と、発表ツールです。後者についてはAL型授業を通じて校内の「身近な他者」に対して自分の考えを伝えるスキルを育んできました。

そして、ICT機器を持っているメリットを生かしてさらに、①ホームページを立ち上げる、②発表を動画に撮って公開することで、より「開かれた他者」に自分の学びを表現する場を設定しました。立ち上げた修学旅行ホームページは図表3のとおりです。ホームページに載せる記事も基本的に修学旅行委員の生徒が書いています。生徒のふり返りにも「ブログの文章を考えるのが難しかった。後から読みづらい部分を修正した」とあります。自分たちの体験を省みて言語化していく作業がそのまま学びになっていたと思います。

 

 

第4節 成果と課題

成果としては「第17回修学旅行ホームページコンクール」において文部科学大臣賞(大賞)を受賞したことです(http://shugakuryoko.com/shusai/hp/index.html)。その他の受賞校は常連校であり、また全応募258校の中で修学旅行を始めて2年目の本校が大賞を受賞したことの価値は大きいと考えます。表彰式では各審査委員の方から上記に紹介してきたポイントで評価いただきました。

課題は2点です。ひとつは縦のつながりです。この生徒たちも先輩たちの事後発表を聞くことから自身の事前学習を始めました。単発のイベントではなく後輩につないでいく役割としてこのホームページが活用されることを望んでいます。もうひとつは、今回、男子部、女子部のテーマだった平和学習の難しさです。戦争や災害の知識を増やすだけは物足りず、自分自身に引きつけて考えようとするが置かれている状況があまりにもかけ離れている故に論理の飛躍が生じてしまう。そういったジレンマの中で、さらに魅力的な課題設定を生徒と共に考えていきたいと思います。

 

 

溝上のコメント

 

 

プロファイル

松永和也(まつなが やずや)@桐蔭学園高等学校 国語科教諭 教科AL推進担当

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  • 一言: 教育を通して「楽しみ上手」を目指しています。授業、部活、行事、どんな活動でも自分なりの興味や課題を見つけ楽しんで取り組む。結果、周囲も楽しませる。私自身そうありたいですし、生徒にもそうなってもらえるよう工夫しています。

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