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「深い学び(deep learning)」は、学術的には、学習の理解の深さを問うときに用いられることが多いことをまず押さえよう。その代表的なものとして、マルトンらの「学習への深いアプローチ」がある。ここから説明を始めよう。
(1)学習への深いアプローチ
「学習への深いアプローチ(deep approach to learning)」という概念は、スウェーデンのマルトンとセーリョ(Marton & Säljö, 1976)によって提示されたものである。
マルトンらは、大学生に、教科書にある章ページや新聞記事を読ませ、その教科書や記事をどのように読んだかを尋ねた。そして、教科書や新聞記事の理解、さらには5~6週間後の記憶保持を学習成果として分析をした結果、読み方と学習成果との関係には、大きく二つのタイプのあることが明らかとなった。一つのタイプは、著者が何を意図しているのか、記事の要点はどのようなものか、どのように結論が導かれているかなどに着目して、教科書や新聞記事全体の意味をつかもうとする読み方であった。そのような学生たちの学習成果は良いものであった。もう一つのタイプは、教科書や新聞記事をしっかり理解しようとせず、ただ問題点を見つけ、文章のある側面だけに着目するという読み方である。このような学生たちの学習成果は十分なものではなかった。
このような差異は、後々、学習に対する異なる意図(intention)にもとづくアプローチの差異として、広く知られるようになる(Entwistle, McCune, & Walker, 2001)。すなわち、「学習への深いアプローチ」とは、あることと他のこととを繋ぐ、関連づけるという意味を求めての学習、すなわちオーズベルのいうところの有意味学習(注1)を指す。「意味(meaning)」の原義は、あることと他のことを「繋ぐこと(connection)」、あるいは「関連づけること(association)」にあり、有意味学習にはその原義がふまえられている。それに対して「学習への浅いアプローチ(surface approach to learning)」とは、個別の用語や事実だけに着目して、課題にしっかりコミットすることなく、課題を仕上げようとする、いわゆる棒暗記の学習を指す(注2)。それぞれ、単純に「深い学習(deep learning)」、「浅い学習(surface learning)」と呼ばれることもある。エントウィッスルら(Entwistle, McCune, & Walker, 2001)がまとめた学習への深いアプローチと浅いアプローチの特徴を表1に示す。
(注1)オーズベル(Ausubel, 1963)は、ある知識を習得するとき、自身の認知構造(知識の量、明瞭さ、まとまりを含んだ知識の状態)に関連づけて学習することを「有意味受容学習(meaningful reception learning)」と呼び、新たに概念を形成したり問題解決したりする学習のことを「有意味発見学習(meaningful discovery learning)」と呼んだ。ここでの有意味学習は、この2つを指すものである。
(注2)深い学びが浅い学びを対立項として(対比されるかたちで)定義されている構造も読み取ってほしい。アクティブラーニングが、単に「アクティブ」の指す特徴だけを定義してきたのではなく、講義型授業での「聴く」を受動的学習と操作的に定義し、それを乗り越える意味での「アクティブ(能動的)」を定義してきたことと似ている(詳しくは「(理論)大学教育におけるアクティブラーニングとは」を参照)。
さて、深い学びは知識を他の知識や考え、経験と繋いだり関連づけたりする有意味学習を基本的には指すが、より深いところでは、そこから他の文脈に「般化(transfer)」したり、「原理化(principles)」「一般化(generalization)」したりすることまで含めて理解されねばならない(McTighe & Wiggins, 2004)。エントウィッスルらがまとめた表1においても、学習への深いアプローチの特徴には、「パターンや重要な原理を探すこと」とある。
以上をまとめると、深い学び(deep learning)とは、「知識を他の知識や考え、経験等との関係のなかに位置づけ構造化すること」と定義される。
(2)資質・能力(思考力・判断力・表現力等)の育成と密接な関連をもつ深い学び
ビッグスとタング(Biggs & Tang, 2011)は、学習への深いアプローチと浅いアプローチの特徴を、学習活動の「動詞」を用いてまとめている。
表2に示すように、深いアプローチは、学習課題に対して「省察する」「離れた問題に適用する」「仮説を立てる」「原理と関連づける」といった高次の認知機能をふんだんに用いて、課題に取り組むことを特徴とする。それに対して、浅いアプローチは、「記憶する」「認める・名前をあげる」「文章を理解する」「言い換える」「記述する」といった、繰り返しで非反省的な記憶のしかた、形式的な問題解決を特徴とする。いうまでもなく、学びにおいて(高次の)認知機能を駆使する過程、すなわち「学びの認知プロセス」こそが、資質・能力、とくに思考力や判断力を育てる原資となる。言い換えれば、思考力・判断力をしっかり育成するには、深い学びが必要だということである。
この表の秀逸なのは、深いアプローチが、決して浅いアプローチで問題となる動詞を用いないということではなく、表で示されるあらゆる動詞を用いて学習がおこなわれることを明示している点である。深いアプローチであろうとも、学習課題や状況によっては、「記憶する」「文章を理解する」「言い換える」といった動詞を用いて学習がおこなわれるのであって、その意味で、むしろ浅いアプローチが問題なのは、「省察する」「離れた問題に適用する」「仮説を立てる」「原理と関連づける」といった動詞を用いた、高次の認知機能を用いた学習が欠如していることにある(Biggs & Tang, 2011)。
(3) 学習アプローチと学習スタイル
ビッグスとタング(Biggs & Tang, 2011)は、学習への深いアプローチ、浅いアプローチを、学生個人の深い・浅いアプローチを採る傾向や好みといった学習スタイル(style)(cf. Biggs, 2001; Entwistle, McCune, & Walker, 2001)と混同してはならないと警鐘を鳴らす。平たくいえば、学習アプローチは課題に対する学生の関わり方を指すものであり、学習スタイルは学生が一般的に採る学習アプローチの傾向や好みを指すものである。学習スタイルは、時間と場所を越えてある個人がもつパーソナリティのようなものでもある。
授業実践においては、学生の深い・浅いアプローチを採る傾向や好みといったスタイルにかかわらず、一人でも多くの学生が、深いアプローチを採るような教授学習状況を作り出すことが重要であると考えられる。この学生は深いスタイルだからOKとか、浅いスタイルだからダメだと類型していくのは、一授業実践においてはナンセンスなことである。教授学習状況が、浅いアプローチしか求めないような、すなわち伝統的な講義のようなものであるなら、たとえ深いアプローチの学習スタイルをもつ学生でも、浅いアプローチを採らざるを得ないだろうし、戦略的なアクティブラーニング型授業であれば、浅いアプローチの学習スタイルをもつ学生でも、深いアプローチを採らざるを得ないだろう。加藤(2013)も、同様の観点から、学生が深いアプローチを採るような授業実践を推進していく重要性を説いている。
それでは、施策との関連を見てみよう。
中央教育審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)』(2016年12月21日)で出された「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニングの視点)」では、深い学びは次のように説明されている(詳しくは「(理論)初等中等教育における主体的・対話的で深い学び-アクティブ・ラーニングの視点」を参照)。
深い学び
定義 習得・活用・探究という学びの過程のなかで、各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら、知識を相互に関連づけてより深く理解したり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見出して解決策を考えたり、思いや考えを基に創造したりすることに向かう深い学び。
意義 子供たちが各教科等の学びのなかで身につけた資質・能力の三つの柱を活用・発揮しながら物事を捉え思考することを通じて、資質・能力がさらに伸ばされたり新たな資質・能力が育まれたりしていくことが重要である。教員はこのなかで、教える場面と子供たちに思考・判断・表現させる場面を効果的に設計し関連させながら指導していくことが求められる。
この説明は、学術的な「深い学び」をしっかり踏襲していると考えられる。すなわち、「習得・活用・探究という学びの過程のなかで、各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら、知識を相互に関連づけてより深く理解したり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見出して解決策を考えたり、思いや考えを基に創造したりすることに向かう深い学び」における下線部は、上述した、他の知識や考え、経験等との関係のなかに位置づけ構造化する、その過程で認知機能を駆使するという学びの認知プロセスを指している。
その上で、各教科の特質に応じた深い学びを、より具体的に「見方・考え方」として発展させる。学術的な深い学びは、各教科の特質まで考慮して説明されるものではないが、答申は学習指導要領の改訂と連動しているので、各教科の特質まで考慮し、初等中等教育課程の細部にしっかり対応するものとなっている。各教科の「見方・考え方」のイメージが、答申の別紙1に示されているので、表3としてここに示しておく。
表3 各教科等の特質に応じた見方・考え方のイメージ
Ausubel, D. P. (1963). The psychology of meaningful verbal learning: An introduction to school learning. New York: Grune & Stratton.
Biggs, J. (2001). Enhancing learning: A matter of style or approach? In R. J. Sternberg, & L. F. Zhang (Eds.), Perspectives on thinking, learning, and cognitive styles. New York: Routledge. pp.73-102.
Biggs, J., & Tang, C. (2011). Teaching for quality learning at university. 4th ed. Berkshire: The Society for Research into Higher Education & Open University Press.
Entwistle, N., McCune V., & Walker, P. (2001). Conceptions, styles, and approaches within higher education: Analytic abstractions and everyday experience. In R. J. Sternberg, & L. F. Zhang (Eds.), Perspectives on thinking, learning, and cognitive styles. New York: Routledge. pp.103-136.
加藤かおり (2013). 学習者中心の大学教育における学習をどう捉えるか-深いアプローチを手掛かりに- 大学教育学会誌, 35(1), 57-61.
Marton, F., & Säljö, R. (1976). On qualitative differences in learning—II: Outcome as a function of the learner’s conception of the task. British Journal of Educational Psychology, 46, 115-127.
McTighe, J., & Wiggins, G. (2004). Understanding by design: Professional development workbook. Virginia: ASCD.
Pask, G. (1976). Styles and strategies of learning. British Journal of Educational Psychology, 46(2), 128-148.