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(講話)学習パラダイムを促進する探究的な学習とオンライン学習-Learning Over Education

第1節 学習パラダイムとは(復習)

ポイントは次の通りである。詳しくは、本ウェブサイト「(理論)教授パラダイムから学習パラダイムへの転換」をご覧いただきたい(注1)

(注1)本ウェブサイト「(理論)教授パラダイムから学習パラダイムへの転換」を参照。
(注2)高等教育で出されたいわゆる『グランドデザイン答申』では、「何を教えたか」から「何を学び、身に付けることができるのか」への転換と説明の文言が変更されている。
>中央教育審議会『2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)』(2018年11月26日)

 

第2節 学習パラダイムを促進する学習活動1-探究的な学習

今日の学校教育改革を見渡して、学習パラダイムを大きく促進する学習活動は、習得・活用・探究に位置づけられた「探究的な学習」である。習得・活用・探究の学びは、前学習指導要領改訂に向けた2008年の中教審答申(注3)で登場した施策用語であり、図表1に示すように、学習パラダイムのウェイトが最も高いと考えられる学習である(注4)。探究が学習パラダイムを大きく促進する学習の一つであることはこれまで説かれてきたことであり、この点は言わば復習である。

なお、習得・活用・探究の学びにおける「探究」には2つの含意がある。1つは、教科として取り組まれる探究的な学習であり、小中学校で「総合的な学習の時間」と呼ばれるもの、高校で「総合的な探究の時間」と呼ばれるものに相当する。もう1つは、各教科でも取り組まれる探究的な学習である。ウェイトの違いは当然あるにせよ、習得・活用・探究の学びは、学校教育のあらゆる学習活動で取り組まれることが期待されるものである。詳しくは注4のページを参照してほしい。


 図表1 教授学習パラダイムと習得・活用・探究
*注4より
                     
(注3)中央教育審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)』(2008年1月17日)
(注4)本ウェブサイト「(用語集)習得・活用・探究」を参照。

 

第3節 学習パラダイムを促進する学習活動2-オンライン学習

学習パラダイムを促進する学習活動として新たに付け加えるのは、オンライン学習である。

大学や塾・予備校などが提供する教育コンテンツとしてのオンライン学習(授業)はもちろんのこと、YouTube等で配信されるさまざまなアクター(大学人や専門家、企業、個人)の、学校のカリキュラムでは扱われない趣味等も含めたコンテンツを徹底的に提供するオンライン学習は、児童生徒だけでなく、あらゆる年齢の人びとにとってまさに学びの宝庫である。学びたい人が自身の興味・関心、必要性に応じて無限に学べるコンテンツがオンラインで提供されるようになっている今日において、オンライン学習は学習パラダイムの究極の姿である。

この上で私たち学校教育関係者にとって必要なことは、オンライン学習や究極の学習パラダイムが学校教育の取り組みのどの部分に接続するのかを理解しておくことである。少なくとも2点ある。

1つは、単純に言って学習場面でICTを利用することである。ICT活用の意義や可能性をいろいろ説いたところで、児童生徒がICTを利用しないのであれば絵に描いた餅である。まずは、学習場面でICT利用を促すことが重要である。2020年4月からスタートしたGIGAスクール構想はまさにこの問題意識のもと、一人一台のPC等端末、高速大容量の通信ネットワークの整備を進めたものであった。この背景には、OECDのPISA調査で報告された日本の子どもの学びに関するデジタルデバイスの利用状況が、OECD諸国の中で最低の順位であると報告されていたこともある。不幸中の幸いであったが、新型コロナウィルスの感染拡大が同時期に始まり、全学校種でオンライン授業を始めとするICT利用が普及した。この状況下でまとめられた『令和の日本型学校教育(答申)』(注5)のキーワードの一つは「個別最適な学び」であり、その用語がAIのアダプティブラーニングの訳語「個別最適化学習」に由来することも、同答申でICT利活用の重要性を前面で強調したことの証左であった(注6)。現在、GIGAスクール構想は、AIドリルや調べ学習、教室内の同期によるスプレッドシートの生徒同士の共有など、さまざまなICT利活用の優れた実践の紹介をし、発展していっている(注7)

なお、学習場面でICT利用を促すことは、学習パラダイムの基本図式(図表2を参照)で指すところの教授パラダイムの枠に到達する目標であることを補足しておく。児童生徒に個性的な学習をさまざまに促していく学習パラダイムではあるが、その基礎として皆がデジタルリテラシーを習得することが必要である。それは、今日のデジタル・情報化社会における学校教育の役割として受け止められるべきものである。ICTを利用するようになれば、教師が設定した(教授パラダイムの)枠内で収まれと言っても収まらないのは、アクティブ・ラーニングの「外化」と同じ機能で理解される(注8)。学習パラダイムは、教授パラダイムを越える学習空間に児童生徒を誘う構造を特徴として持っているのである。


 図表2 教授パラダイムに基づき、その枠を越えるところに学習パラダイムに基づく個性的な学習成果の空間がある
*注1の図表1より
                     

 

(注5)中央教育審議会『「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)』(2021年1月26日)
(注6)本ウェブサイト「(理論)令和の日本型学校教育-「個別最適な学び」と「協働的な学び」-
(注7)株式会社内田洋行 教育総合研究所 令和2年度文部科学省委託「先端技術の効果的な活用に関する実証」『学校における先端技術活用ガイドブック(第1版)」(2021年3月31日)
(注8)溝上(2018)の第2章3「進学校の教師は枠に到達する学習で満足するのではなく、枠を越える学習まで促す!」、同6「「外化」を共通項としてアクティブラーニングと主体的・対話的で深い学びを理解する」を参照のこと。

 

究極の学習パラダイムに接続するもう1つの点は高校生に対するものであり、「飛び入学(早修)」制度を利用することである。たとえば、優秀な高校2年生が大学へ飛び入学できる制度は1998年から実施されており、千葉大学がトップバッターとして第1号の高校生を受け入れたことはよく知られる。

しかしながら、この制度は高校生の間で一般化していない。飛び入学の制度ができた1998年からすでに20年以上経っている2021年現在で、飛び入学を制度化している大学は、千葉大学以外に、名城大学、エリザベト音楽大学、会津大学、日本体育大学、東京芸術大学、京都大学、桐朋学園大学と、計8大学しかない。全国に800近い大学がある中で、きわめて寂しい状況である。おそらく問題は、飛び入学する生徒の高校卒業資格が得られないことにあるだろう。仮に飛び入学した大学を中途退学すれば、中学卒になってしまうからである。これでは、意欲のある高校生が大胆にこの制度を用いて挑戦することができない。2021年6月にまとめられた教育再生実行会議の第十二次提言では次のように述べ、高校卒業資格付与に向けた制度改正を求めている。

学習パラダイムは、基本的には一つ一つの学習活動に見られる個性的力学を説くものであるが、中長期的視座に経てば、生徒の人生に関わる個性的カリキュラムを説くものともなる。その具体的姿の表れの一つが大学への飛び入学である。高校生に浸透して一般化するとは考えにくいものの、飛び入学制度を究極の学習パラダイムの一つの表れとして理解しておくことは、高校、大学等の関係者にとって重要であろうと思われる。今後の制度改正の動きにも注目していきたい。

 

 

第4節 Learning Over Education

佐藤(2018)は、元MITメディアラボにいた伊藤穣一氏の“Learning Over Education”、言い換えれば、インターネットを通した学びは教育制度を超える、という原理を挙げている。人びとは学校から知識を学ぶだけでなく、インターネットを通して学校以外のさまざまなアクターから知識を学ぶことができるのである。提供される知識の量は学校教育で提供されるものの比ではなく圧倒的であり、提供のされ方、つまり教え方も、学校教育の伝統的なスタイルに良くも悪くもとらわれないものである。
 もっとも、佐藤が急いで補足するように、“Learning Over Education”は、学校に行かなくてもコンピュータやインターネットさえあれば、人はいつでもどこでも学べる、もはや学校は不要である、そういうことを説くものではない。むしろ、「テクノロジーが進化すればするほど、学校でしか学べないことの価値は高まる」(p.45)ことを説くと受け取るべきものである。確かにその通りであるが、そのような学校や教師が実際どれだけ存在するか、これから生まれてくるかははなはだ疑わしいところでもある。

私見では、“Learning Over Education”を踏まえた上での学校教育の目的は、1つに知識の基礎的体系を整理して教えること、2つに、学び方とそのために必要な資質・能力を育てることにあると考える。オンライン学習は学校教育以上の膨大な知識を提供するが、その知識がどの程度基礎的なものか、何に関連づけられるものかは教えてくれないことが多い。その学び方についても同様である。このあたりが学校関係者にとっての今後の課題であろう。

 

 

文献

溝上慎一 (2018). 学習とパーソナリティ-「あの子はおとなしいけど成績はいいんですよね!」をどう見るか- 東信堂

佐藤昌宏 (2018). EdTechが変える教育の未来 インプレス

 

 

(お断り)厳密には、学校種によって「(大)学生」「生徒」「児童」といった呼称の使い分けがなされるべきであるが、内容によっては小学校と高等学校、ひいては大学も含めて同時に議論するような箇所もあり、表現が難しい。本ウェブサイトでは、原則「生徒」と表現し、内容によって「児童生徒」「生徒学生」「学生」等と表現することとする。読者の所属する学校種に応じてうまく読み取ってほしい。

 

 

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