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(講話)観点別評価:関心・意欲・態度も粘り強さ・自己調整も共に「主体的に学習に取り組む態度」である-「個別最適な学び」へも接続

 

要点

 

1.「関心・意欲・態度」から「主体的に学習に取り組む態度」へ

前学習指導要領における評価の観点「関心・意欲・態度」は、新学習指導要領で「主体的に学習に取り組む態度」へと発展的に変更された。「関心・意欲・態度」も各教科等の学習内容に関心をもつことのみならず、よりよく学ぼうとする意欲をもって学習に取り組む態度を評価する観点であったが、この点を「主体的に学習に取り組む態度」として改めて強調することとなった。そして、「主体的に学習に取り組む態度」の具体的な観点として、①知識及び技能を獲得したり、思考力・判断力・表現力等を身に付けたりすることに向けた粘り強い取組を行おうとしている側面(以下「粘り強さ」)、②①の粘り強い取組を行う中で、自らの学習を調整しようとする側面(以下「自己調整」)の二つの側面を評価するとしている(注1)

しかしながら、評価の観点を「関心・意欲・態度」から「主体的に学習に取り組む態度」に発展的に変更し、その具体的な観点が①粘り強さ、②自己調整であると示されても、学校現場では、その変更や違いがいったい何を指すのかが今ひとつわからないのが実情ではないだろうか。

ここから先は私見であるが、まず主体的な学習の多層構造を理解しないと、この疑問は解決されないように思われる。私から言わせれば、「関心・意欲・態度」も「粘り強さ・自己調整」も同じ主体的な学習の一つであり、その意味で上述の「改めて強調」(下線部)の説明は間違ったものではない。しかしながら、それぞれ言葉が異なる以上、主体的な学習の異なる側面を焦点化していることは間違いなく、同じ「主体的な学習」のひとまとまりの構造の中でその差異が示されなければ、現場が理解に苦しむのも至極当然である。

(注1)文部科学省・国立教育政策研究所教育課程研究センター『学習評価の在り方ハンドブック(小・中学校編)』(2019年6月24日)

 

2.三層から成る主体的な学習スペクトラム(注2)

そもそも「主体的」とは、主体(行為者)と客体(対象)の関係が成り立つとき、主体が客体に対して進んで働きかける前のめりの状態を指す(溝上, 2018, 図表1を参照)。客体がないところで主体は「主体」となりえず、結果「主体的」にもならない。学習場面では、主体を「学習者」、客体を「学習課題や学習に関わる他者等」と置き直し、学習者が学習課題等に対して前のめりの状態になっていることを「主体的な学習」と呼んでいる。

 


 図表1 「主体的」とは                     

 

しかしながら、これは「主体的な学習」を最広義で定義したものであり、学校教育で扱われる主体的な学習はいくつかに分けて論じられている。私は、主体性が自己の観点から深まっていくことを軸として(即自的から対自的へ)、少なくとも三層に分けた主体的な学習スペクトラムが認められると論じてきた(図表2を参照)。

図表2を見ると、第I層は「課題依存型の主体的学習」である。わかりやすい例を挙げよう。教師が子どもの興味・関心を引き出そうと教材研究を行い、授業をデザインする。子どもは課題のおもしろさに惹かれて、興味・関心をもって学習に取り組む。課題のおもしろさに依存している状態ではあるものの、子どもは課題に対して前のめりに学習しており、主体的な学習の定義に合致する。私はこの主体的な学習を主体性が生起する初発構造であり、学校教育では基本層に当たる第I層と称してきた。学術的には、デシ・ライアンらが提唱してきた内発的動機づけが有名である(鹿毛編, 2012を参照)。

しかしながら、実際には子どもは興味・関心をもって学習に取り組むばかりではない。興味は持てなくても、覚えなければならない字句やその意味、取り組むべき学習課題等は、学年が上がるにつれてたくさん出てくる。この文脈で登場するのが、第II層の「自己調整型の主体的学習」である。学習目標や学習方略、メタ認知等を用いて、自身を方向付けたり調整したりして学習に取り組む態度を指す。小学校段階であれば、課題に取り組む中で、その取り組み方を解決に向かうよう改めて基本的な知識を見直してみる、仲間の取り組み方を参考に自身の取り組みを修正してみるなどの姿を指す。学術的にはジマーマンら(2014)の自己調整学習が有名であるが、デシらの自己決定理論もこれに該当する。デシらははじめ内発的動機づけを提唱したが、やがて外発的な動機を無視することができず、それを内発的動機に転換させて自律的に学ぶ学習者の姿を自己決定理論としてまとめ直したのである(鹿毛編, 2012を参照)。


 図表2 主体的な学習スペクトラム
*溝上(2018)、図表16(p.94)より
                     

 

第III層は、「人生型の主体的学習」である。課題1つ1つに関心を持つのではなく、自身の中長期的な人生の目標達成、アイデンティティ形成、ウェルビーイングを目指して課題に取り組む時の態度である。学校教育ではキャリア教育を通して、将来の夢や目標を具体的に考え、それが学習に繋がった時に見られる学習態度とも言える。新学習指導要領では主体的・対話的で深い学びの「主体的な学び」の説明の中に「自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、見通しを持って」とゆるやかに説明が込められている。

主体的な学習スペクトラムに基づけば、前学習指導要領の評価の観点である「関心・意欲・態度」はどちらかと言えば第I層の課題依存型の主体的学習に対応する。他方で、新学習指導要領の評価の観点である「主体的に学習に取り組む態度」(粘り強さ・自己調整)は第II層の自己調整型の主体的学習に対応する。第II層は第I層を基礎とするものなので、その意味で新学習指導要領が発展的に評価の観点を改訂し、「改めて強調」したと言える。

(注2)詳細はウェブサイト「(理論)主体的な学習とは-そもそも論から「主体的・対話的で深い学び」まで-」を参照。

 

 

3.個別最適な学び(注3)

最後に、『令和の日本型学校教育答申』の中核概念である「個別最適な学び」について、「主体的に学習に取り組む態度」と関連付けて説明しておく。この答申の大きな背景にはGIGAスクール構想、Society5.0、それを良くも悪くも後押ししたコロナ渦があるが、個別最適な学びはこの中で新たに唱えられた学びと理解されるものである。

答申によれば、個別最適な学びには「指導の個別化」と「学習の個性化」の2つの取組が含意される。ある知識や技能が習得されない理由は児童生徒の数だけあるとも言えるが、そこで教師は児童生徒個々人の特性や学習進度、到達度に応じて、指導方法や教材、学習時間などの柔軟な教授学習デザインを行う必要がある。これを「指導の個別化」と呼んでいる。教師は、児童生徒の個に寄り添って学びのプロセスを伴走する役割が求められている。

他方で、児童生徒の個に寄り添って、結果ある技能が習得されればそれでいいというわけではない。「できない」「わからない」が「できる」「わかる」に至る学びのプロセスを、児童生徒が自身で最適化していく自律的な学びの態度が身につくことも重要である。答申ではここまで含めて「個別最適な学び」という用語でまとめ、その個別最適な学びを推し進める基礎的態度として、新学習指導要領における「主体的に学習に取り組む態度」(粘り強さ・自己調整)を関連付けている。

「個別最適な学び」はもともとAIにおける「個別最適化」概念を参照しており、審議過程の前半では「個別最適化された学び」と称して議論されていた。しかし、AIの「個別最適化」は、言い換えれば、確率計算で自動的に算出される最適解のことを指す。そこに児童生徒の自律的に自身の個別最適を創り出していく意味を見出すことはできない。「個別最適化された学び」と称して、それがたとえばAIドリルを用いて、自動的に個々人への最適な学びへと促されるようなイメージで受け取られてはいけない。そのようなAIドリルの学習もあっていいが本質的には、児童生徒が粘り強く自己調整をして(=主体的に学習に取り組む態度)、自身に合った「個別最適な学び」を自分で創り出していくことが重要なのである。

(注3)詳細はウェブサイト「(理論)令和の日本型学校教育-「個別最適な学び」と「協働的な学び」-」を参照。

 

 

文献

鹿毛雅治 (編) (2012). モチベーションをまなぶ12の理論-ゼロからわかる「やる気の心理学」入門! 金剛出版

ジマーマン, B. J.・シャンク, D. H. (編) 塚野州一・伊藤崇達 (監訳) (2014). 自己調整学習ハンドブック 北大路書房

溝上慎一 (2018). 学習とパーソナリティ-「あの子はおとなしいけど成績はいいんですよね!」をどう見るか- 東信堂

 

 

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