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(AL関連の実践)【中学校/理科】振り返りを通して「学びの質」を分析する力を育成する
井上裕子(帝塚山学院中学校高等学校)
帝塚山学院中学校高等学校のウェブサイト
溝上のコメントは最後にあります
対象授業
- 授業:中学2年生 理科1分野(3単位)
- 生徒:1クラス19名
- 教材:『未来へ広がるサイエンス2』(啓林館)、『最新理科便覧』(浜島書店)
第1節 授業の目標
本時は、「個人」「ペア」「グループ」「全体」での学習を通して、酸化還元反応について原子や分子のモデルと関連付けながら理解させること、予想をさせてから観察を行い、その結果を分析して解釈させることを目標としている。
その過程で、生徒たちは「授業記録」をつけ、自分の「学びの質」を分析することができる機会を設けている。
また、学ぶ内容は基礎的ではありつつも、日常生活や社会に深く関わっている。科学的な知識や考え方を学ぶことは、個人の人生をより良いものにし、社会の発展や課題の解決に寄与する。
日常生活との関わりに目を向けさせながら、理科を学ぶことの意義が伝わるよう心がけている。
第2節 授業の流れと活動の目的
(1)学習内容を提示し、目標設定をさせる。(5分)
- 見通しをもって授業を受けられるよう、学習内容と時間を提示する。【全体】
図表1 学習内容の提示
- 目的意識をもって50分の授業を受けることで学習効率が上がるよう、各自で目標を設定させ、「授業記録」に「目標」を記入させる。【個人】
図表2 「授業記録」
(2)前時に行った酸化銅の炭素による還元実験のふり返りを行い、酸化還元反応について説明する。(20分)
- 前時にプリントに記入した内容を各自で見返し、本時の学習内容につなげるため、前時の実験内容をスライドで思い出させ、
酸化銅が銅に変化したこと、炭素が二酸化炭素に変化したことを確認する。【個人】
- 酸化還元反応の説明につながるよう、酸化銅の炭素による還元を原子や分子のモデルを用いて考えさせ、化学反応式で表す。【個人→全体】
図表3 化学反応式を各自で考えている様子
- 効率よく知識を習得させるため、酸化と還元を定義し、酸化銅の炭素による還元での化学変化における原子や分子のモデルおよび化学反応式を用いて、
酸化銅の還元と同時に炭素の酸化が起こっていることを説明する。【全体】
(3)二酸化炭素中でのマグネシウムの酸化(20分)
- 既習内容を基に科学的に考え、自ら進んで観察を行うよう、点火したマグネシウムを二酸化炭素中に入れたときの変化を予想し、
プリントに記入する。指名した生徒に予想を発表させる。【個人→全体】
- 点火したマグネシウムを二酸化炭素中に入れたときの変化を確認するため、教員側で演示実験を行い、観察させる。【個人】
- 原子の保存性に気が付くよう、生成物に注目させ、点火したマグネシウムを二酸化炭素中に入れたときの変化についてモデルを用いて個人で考え、化学反応式で表す。
考えたことをペア、グループで共有し、班ごとにまとめさせる。【個人→ペア→グループ】
図表4 班で考えている様子
図表5 生徒が記入したプリント
- 各自が考えたことを全体で共有するため、指名した班に発表させる。【グループ→全体】
- 酸化と還元が同時に起こっていること、原子は化学変化の前後で保存されていることを確認するため、マグネシウムが酸化されて酸化マグネシウムに変化し、
二酸化炭素が還元されて炭素に変化したことを説明する。【全体】
(4)銅、炭素、マグネシウムを酸化されやすい順に並べる課題に取り組ませる。(3分)
- 前時の酸化銅の炭素による還元実験および本時の二酸化炭素中でのマグネシウムの酸化を統合し、科学的に考えさせるため、課題に取り組ませる。【個人】
- 課題への取り組みを促すため、正解した生徒にはスタンプを押す。正解した生徒は正解していない生徒にヒントを出すように指示する。【個人→ペア→グループ】
図表6 スタンプを押したプリント
(5)本時の学習内容のふり返りを行い、記録するよう指示する。(2分)
- 課題の答え合わせを兼ねて、本時の学習内容を整理し、ポイントを伝える。【全体】
- 学習内容の定着と記憶の定着に役立つよう、各自で授業内容を整理して「学習内容」を記入しておくように指示する。(図表2 「授業記録」)【個人】
- 家庭学習の促進、勉強の質・効率の向上を図り、設定した目標と50分間の授業で実際にできたことを比較・分析して、「ふり返り」に「できたこと」
「できなかったこと」「これからどうするか」を記入しておくように指示する。(図表2 「授業記録」)【個人】
第3節 アクティブラーニング型授業への移行に伴う工夫
(1)評価基準について
「学力の三要素」の視点から、授業内の活動を以下のように分類し、それぞれの力が養えるような授業を目指す。生徒たちには「どのような力がついたのか」を自己評価させ、
授業態度、提出物、定期試験と併せて総合的な評価を伝えている。
A:知識・技能
①化学変化を原子や分子のモデルを用いて説明できる。
②化学変化を化学反応式で表せる。
③変化に関する原理・法則を理解し、知識を身に付けている。
④実験器具の基本操作を正しく行い、結果を記録することができる。
「知識・技能」の評価項目については、単元ごとに授業プリントの冒頭に目標として示している。新しい単元に入る際に、生徒に身に付けてほしい項目として伝え、
単元が終わった際に身に付いたか自己評価させている。また、定期試験で出題し、定着しているか確認している。
B:思考力・判断力・表現力
①実験方法を立案できる。
②観察・実験の結果を原子や分子と関連付けて解釈できる。
③観察・実験の結果から化学変化における物質の変化やその量的な関係に気付く。
④観察・実験の結果・考察を基にレポートを作成し、発表できる。
「思考力」「判断力」「表現力」は、実験レポートに予想、考察、自己評価の欄を設けて記入させ、提出された実験レポートと授業時間内の発言や発表を評価している。
C:主体性・多様性・協働性(学びに向かう力・人間性)
①化学変化と原子・分子に関する事物・現象に関心をもち、進んで観察・実験を行う。
②班で協力して観察・実験を行う。
③他者の考えを共感的に聞く。
④自分の考えと他者の考えの違いを認識し、より深い考察を行う。
「主体性」「多様性」「協働性」については、授業態度を観察し、声かけを行っている。
(2)個の活動での工夫・成果
観察・実験を行う前には予想を、観察・実験後には考察を根拠とともにプリントに記入させる。記入を促すために、記入後にペアワークやグループワーク、発表の時間をとり、その準備としての必要性をもたせている。
望ましい行動を引き出せるように、プリントに自己評価の欄を設けている(図表7 プリントの自己評価)。
プリントに記入しないまま、正解の提示を待つことがないように、過去の偉大な科学者たちにも間違いはつきものだったことや、正解よりも間違いから多くを学べることを伝え、考える姿勢や自分の考えを記入していることを評価する。
経験や実験結果、学習内容を根拠に予想や考察を行うことは、科学的に考える練習になる。同時に、その後の協働学習の準備ができる。
図表7 プリントの自己評価
(3)協働活動での工夫・成果
本校の生徒たちの特性として、指示をすれば積極的に協働活動を行うので、有意義な協働活動になるよう、教員側で時間と議論の方向性をコントロールしている。時間管理のために、
各活動の時間を設定し、残り時間を伝えることで時間配分を意識させている。議論を正しい方向に誘導するため全体に聞こえるように、着眼点の良さをほめたり、見逃している点を指摘したりする。
こういった意識的な指導を通じて、生徒たちは時間配分を考え、目標に向けた効率的な協働を行うようになる。ある班の着眼点の良さを指摘することで、他の班も積極的にそれを取り入れようとして、
班を越えた学びに発展することも多い。
第4節 今後の課題
現在、以下の3点を課題として取り組んでいる。
- 協働活動を行いながら「疑問→仮説」「予想→実験→考察→発表」の時間を確保しつつ、シラバスに記載した授業進度をいかに維持するか
- 予想や考察を行う前段階として、必要な知識や科学的な考え方をいかに身に付けさせるか
- アクティブラーニングを学力の向上に繋げ、生徒が希望する進路をいかに保証するか
これらの課題の解決のためには、生徒が各自で家庭学習を行うことが欠かせない。授業では、講義時間は最小限に抑えるよう、プロジェクターでスライドを映し、説明を行っている。
生徒には自分の考えや話し合いで気付いたことを多く書かせるようにし、知識的な内容は穴埋め式のプリントに重要事項のみ書かせている。
適切なタイミングで復習して授業で学んだ知識を覚えることや個人で考えることは各自で家庭学習を行うよう指示し、宿題という形をとっている。
提出させた宿題にスタンプを押したり、声かけを行ったりしている。
今後、生徒の興味・関心を喚起するように教材や発問を工夫し、家庭学習に取り組む意義や有用性に気付かせ、生徒がより自発的に家庭学習に取り組もうという気持ちを育んでいきたい。
溝上のコメント
- 図表1に見られるように、学習目標を授業導入で提示するのは重要である。図表2の授業記録の構成もいいと思う。その時限の生徒自身の“目標”(たとえば「見学の先生方が来るので積極的に」)があり、“授業内容・ポイント”(「酸素が物質から離れることを還元と呼ぶ。還元と酸化は同時に行われる。酸化しやすい順は、マグネシウム>炭素>銅」)がある。可能ならば、学習目標を授業最後まで提示し続ける工夫をして、“ふり返り”で繋げられるともっと良いと思う。
- アクティブラーニング型授業を実施する上でワークシートベース(図表5、*参考)がうまく機能していると思う。還元実験の予想をワークシート上でさせ、それを発表させるのも良かった(図表8の左)。生徒を指名で発表させるのではなく、ランダムで当てて発表を求めていくともっといいかもしれない。
(*参考)(講話)ワークシートベースのアクティブラーニング型授業にする
図表8 どのような変化がおこるかの予想を発表させ(左)、還元実験を行っているところ(右)
- 同じ図表8の左の場面だが、仮説実験授業とまではいかなくても、もう少し予想させる問いに、たとえば日常生活に繋げた「なぜ」を入れるなどして、深い思考を促してみてもよかったのではないか。どうも予想が正解を知っているか、実験の結果を知っているかを問う程度のものであったようにも見えた。
- 実験の後、まなボードでグループの考えをまとめた。この作業は良かったと思う。しかし、全グループのまなボードを黒板の前に貼って(図表9)、1班だけこれもまた指名を受けて、席上で発表をして授業が終わってしまったのはもったいなかった。発表もないよりはある方がいいのだが、できれば「前に出てきて発表」をさせてほしい。席上で教師に向かって説明することと、前に出て、他の生徒に向かって説明するのとでは雲泥の差がある。トランジションのことを考えれば、前に出てきて発表のほうが力がつく(*参考)。
また、全グループのまなボードを貼った目的は何だったのかということも、この機会に考えてみてほしい。
(*参考)(AL関連の実践)五味智子(大阪府立岸和田高等学校)「他者との議論を通じた学びの深化」の図7を参照
図表9 まなボードが黒板に貼られ、ある生徒が席上で発表してる
- 協働の学習に取り組む生徒の態度はとても良く、ペアワークも熱心におこなっていた(図表10)。
図表10 ペアワーク
プロファイル
井上裕子(いのうえ ひろこ)@帝塚山学院中学校高等学校・理科
- 一言:授業改善の取り組みのひとつとして、アクティブラーニングに取り組んでいます。発問に対する生徒の様々な答えや反応を想定して授業準備を行い、授業中は自分自身の行動を含めて全体を俯瞰的にとらえるように意識しています。そうすることで、期待した学習姿勢や効果を生徒から引き出せる授業を目指しています。