このページは、溝上の学術的な論考サイトです。考えとサイトポリシーをご了解の上お読みください。 溝上慎一のホームページ
(AL関連の実践)【中学校・高校】花園中学高等学校 授業改革の取り組み-アクティブラーニング型授業導入を目指して- 木村浩一(花園中学高等学校 教務部長)
(京都府私立)花園中学高等学校のウェブサイト
溝上のコメントは最後にあります
第1節 <はじめに>-始まりのはじまり-
花園中学高等学校は併設型の中高一貫校である。高等学校については、一貫コース1クラス(以下、一貫)、特進A(国公立型)コース2クラス(以下、特A)、特進B(難関私大型)コース2~3クラス(以下、特B)、進学カルティベート(私大文系)コース4~5クラス(以下、進カル)の構成である。難関国公立大への合格実績で本校のフラッグシップとなるのは特Aであり、難関私大への進学と課外活動の「文武両道」が評価されているのが特Bである。しかし、全校生徒の半数以上を占めるのは、いわゆるボリュームゾーンの進カルの生徒たちである。
これまでの学習指導要領改訂に合わせた教育課程の編成については、必履修科目や標準単位数の変更にはあわせるものの、指導の方法や内容など、授業の進め方自体は大きく変わることはなかった。「大学入試は変わらない」、「(私学の場合)他校にも動きがない」などが主な理由であった。ところが、教務部長として教育課程編成のための様々な研修会やセミナーに参加する中で、大きな危機感を抱くようになった。
「今の小学生が就職する頃、65%の児童は現在存在していない職業に就く?」、「2045年にはAIが人間の頭脳を越える?」、「今後10年から20年で現在の職業の半分近くが自動化される?」、「大学の新卒3年後の離職率は30%?」 この波をまともにかぶるのは、本校で言えば進カルの生徒たちではないのか!?学歴は何も保証してはくれないので、一貫・特A・特Bの生徒たちも同様であろう。高大接続が結局のところどうなろうが、事情の異なる他私学が何をしようが、本校の生徒たちに、大学卒業3年後(高校入学より10年後!)を自立的に生き抜く力をつけることが緊急の課題ではないのか。
上記の問題意識に基づいて、2016年10月に「花園高等学校教育改革準備委員会」を立ち上げ、改革案の作成に入った。何回かの集中議論を経て案を作成し、理事会でのプレゼンテーションの後、大まかな方向性が承認・決定された。その中の何本かある柱の1つが、今回報告させて頂く「アクティブラーニング型授業(以下、AL型授業)」の徹底導入である。
第2節 研修開始まで-AL型授業導入先行委員会の立ち上げ-
一貫を除く3コースの改革スタートは、2019年度(平成31年度)を予定している。昨年度全面的に模様替えをした中高一貫新コース後期3年のスタートに合わせる、などいくつかの理由はあるが、最も大きな理由は「アクティブラーニングについて正しく理解し、AL型授業の徹底した導入をしたい」ということである。そのための準備と研修に十分な時間をかけたいからである。そこで、まず体制作りに取りかかった。
2017年3月はじめ、日本青少年育成協会の小山英樹先生との面会がスタートであった。即座に協力をお約束頂き、ユマニテク短期大学副学長の鈴木建生先生(当時産業能率大学教授)をご紹介頂いた。同じく小山先生のお世話で、京都大学教授の溝上慎一先生にもお目にかかることができた。無理をお願いして、溝上先生にも助言・指導を頂けることになり、最高の指導チーム(以下、BM)を作って頂いた。
日本青少年育成協会の増田乃美先生を調整役に迎え、月に3回程度鈴木先生を交えての研究授業、溝上先生による月に一度の授業視察と助言および学期1回程度の全体研修講演、そして必要に応じた小山先生、増田先生によるコーチング研修、が本研修の枠組みである。2018年度高校1年生からのAL型授業の徹底導入に向けた取りかかりとして、2017年度は先行実施チーム(以下、先行委員会)を編成し、授業実施と研修をスタートさせた。
先行委員会の構成は、芸術科、技術・家庭科を除く全教科(宗教科を含む)から2~3名ずつ、合計22名である。年齢構成は50代半ばから20代まで、幅広くすることを意識した。3月22日のブレインミーティングで7月までの研修計画を決定し、いよいよ4月5日のキックオフ研修会から、花園中学高等学校のAL型授業徹底導入の取り組みがスタートした。
第3節 研修の概要-4月から7月まで-
<実施実態>
4月5日(水) 花園キックオフ研修会
午前 全体研修 講演 : 溝上先生 「アクティブラーニング型授業への組織的転換」
午後 先行委員研修 : 溝上先生・鈴木先生・増田先生によるワークショップ
先行委員による「宣言」
4月14日(金) 研究授業(鈴木・増田先生) 4授業+研究会
4月25日(火) 授業視察(溝上・増田先生) 2授業+講評
4月26日(水) 研究授業(鈴木先生) 3授業+研究会
5月15日(月) 授業視察(溝上・増田先生) 2授業+講評
5月24日(水) 先行委員研修会(委員のみ) 中間考査までのリフレクション
6月 1日(木) 研究授業(鈴木先生) 4授業+研究会
6月16日(金) 授業視察(溝上・小山・増田先生)2授業+BM
6月22日(木) 桐蔭学園授業見学(木村他 委員5名)
7月 7日(金) 1学期末教員研修会(鈴木・溝上・小山・増田先生)
午前 先行委員研修 : ワークショップ 「2学期に向けて課題・目標・解決策」
午後 全体研修 講演 : 鈴木先生 「教育コーチング」
溝上先生 「先行委員の3ヶ月の成果より」
先行委員研修 : 質問会型式での課題共有
<研修の内容>
研究授業(鈴木先生)と授業視察(溝上先生)を合わせて、1学期中に全先行委員が直接指導を受けられるように配慮した。
鈴木先生には丸1日時間を取って頂いているので、最終時限に直接ご指導頂く時間を設けている。多くの委員が手探り状態で行っているAL型授業について、評価できる点をご指摘頂けたことが大変ありがたかった。少しずつ自信を深めて、いくつかの授業で成果を上げる委員が見られるようになってきた。9月以降は辛口の評価が増えることを覚悟し、また楽しみにもしている。
溝上先生からも、講評を直接委員に伝えて頂く時間を設けてはいるが、主に後に送って頂くPDFにより、花園独自の課題や越えるべきハードルに対する「気づき」を与えて頂いている。後に整理するが、講義型授業では隠れていた課題が、AL型授業導入によって目に見えるようになってきた。
<経験の共有>
先行委員のメーリングリストを活用して、経験の共有を行っている。5月末までは、1週間に1度、自身の授業と他の委員の授業見学についてのレポートを義務づけた。お互いの刺激にもなったが、何より他教科の授業から多くのヒントが得られた。
また、研究授業・授業視察のタイムスケジュールや、先生方から寄せられる講評やシートのサンプルなども、このメーリングリストで共有している。
委員以外の教員に向けては、学内HP上に閲覧フォルダーを作り、講演資料、授業講評などをPDFファイルで保存している。
第4節 今後に向けて-課題と展望-
手探りの実践と研修を重ね、いくつかの成果と課題が見えてきた。以下に整理する。
<成果>
授業見学行動の活発化
メーリングリストでの報告の義務化や、頻繁にある研究授業・授業視察のおかげで、お互いの授業を見せ合うことに対する心理的ハードルが低くなった。「AL型授業」という共通する研修テーマがあることも、活発化した要因と考えられる。
教員同士が学び合う空気感の出現
これまでも、担任と教科担当、同じ教科の教員間では、生徒や指導法などについての意見交換や話し合いはあった。これに、異なる教科の教員間での、授業を話題にしたコミュニケーションが加わった。講義のはさみ方やワーク中の声のかけ方など、授業の手順や授業者の態度については、教科が違っても盗み合えることは多い。
授業の活性化
学習効果についてはまだ評価できないが、生徒の授業への参加度は当然のことながら大きく上がった。リフレクションシートを有効に活用した教員の授業ほど、上がり幅は大きかった。「全員参加」が次の課題である。
<課題>
ペアワーク、グループワークの「ゆるさ」
4月25日の授業視察後の「
溝上先生講評PDF」4ページで、「生徒のテンションの低さ」がすでに指摘されていた。この時点では他の課題指摘の方に注意が向けられた。しかし、1ヶ月後の授業視察でも同じ課題が、「ワークがゆるい」という表現で再度示された。「ゆるい」とは、参加はしているものの、ワークへの集中度を高めて深く学んでいる様子には見えない、という生徒の態度である。
生徒の聴講姿勢は比較的良好なため、かえって落差が大きく感じられるクラスもある。そのようなクラスの場合、グループワークが停滞すると、教師も生徒も講義型授業の方に「居心地の良さ」を感じる可能性もある。また、社会人としての仕事に対する態度を予言しているのは、ワークへの取り組み態度である、とも指摘されている。「全員参加の追求」とあわせて、見逃せない課題である。
一部「進カル」生徒の学習意欲の低さ
AL型授業導入によって浮き彫りになってきた最大の課題である。教室で着席してはいるものの、そもそも学びに対する意欲を持たない生徒が一部に見られる。講義型授業で寝てしまう生徒たちである。私自身、これまでは、繰り返し起こして「寝させない」ことで授業を「受けさせた」ことにしていた。
この生徒たちが学び合いに参加してくれないことには、「全員参加」も「ゆるさの克服」も果たせない。この「AL以前の問題」に対する手立ては授業だけではなく、ホームルーム、学年、学校全体といったすべてのステージで考えていく必要がある。
鈴木先生からは、教育コーチングの視点から「傾聴・承認・質問」で一人一人と向き合うこと。溝上先生からも、同じ観点から生徒の「感情の論理」を通させるために、まず生徒の「論理」を引き出し、教師と生徒の心のベクトルを合わせていくこと、などアドバイスを頂いている。生徒の教師に対する信頼感の醸成が当面の課題である。
教員の全員参加
1学期は委員の実践と研修で手一杯であった。委員以外の教員間には、自分のこととして引きつけられていない様子がある。2018年度1年生からの全面導入に向けて、教授パラダイムからの脱却とAL型授業導入の空気作りが2学期以降の課題である。
<展望>
進カルの生徒の基礎学力は個人差が大きい。中学の内申成績がオール3くらいの層が多数を占めるが、それを下回るものも少なくない。一方、事情を抱えるなどして内申成績は低いものの、潜在的には能力の高い生徒も多くいる。協働学習がうまく機能すれば、高い効果が得られる可能性を秘めている。学習効果が上がったという実践例も出てきている。全員参加の深い学びを実現するために、まず学習意欲を取り戻させることが、第一の達成目標となる。仕切り直しの2学期に向けて、AL型授業を少し離れた研修を夏季休業中に行うつもりである。教員への生徒の信頼を深めるために、まず我々の生徒への向き合い方を十分に検証することから始める。この「まだ答のない問い」からは決して逃げられない。だからこその授業改革なのだから、必ず乗り越えてみせる。
一貫、特A、特Bでも、AL型授業は大きな効果を上げている。平均点の上昇という形で底上げ効果が如実に見られる。進カルでは見えやすい上位層の学力アップは見えにくく、その評価が今後の課題ではある。また、これらのコースには、学習意欲の低下を受講態度には見せない生徒が多い。進カル同様、「全員参加の追求」と「ゆるさの克服」を目指すとともに、授業者のスキルアップを図る研修にも取り組んでいきたい。
溝上のコメント
補助的な役割であるが、私がいま定期的に関わっている学校の一つである。2018年度からのAL型授業全面導入を控えて、2017年度、約20名の先行委員を任命して集中的に指導している。
月1回授業を見学してわかったことは、花園中学高校の生徒は講義を受ける態度がとてもいいということである。教師の話を聞く集中力もある。これはすばらしい点である。
他方で、アクティブラーニングの時間になると、聴講の態度と打って変わって、息抜きのような雰囲気になる。作業をしないわけではない。しかし、雰囲気はおとなしく、何かは話しているものの、精いっぱい考えて議論したり疑問を出したりしているようではない。少なくとも、自らの言葉で理解や考えを表現するからこそ、今まで繋がっていなかったものが繋がり、その過程で疑問や関心が生まれ、というような深い学びにはなっていない。正解を求めて、正しければそれでおしゃべりは終わり、といったような雰囲気である。教師の与える問いや課題が深い学びへと開かれていないかもしれない。
他の学校でも見られることだが、いわゆるボリュームゾーンの生徒のなかに、授業が学びの空間となっていない者が目立つ。講義であれば、寝ているか、違うことをしていればよかった生徒たちである。しかし、ALをさせられるものだから、露骨にやる気のなさを教室全体に披露する。1クラスに5~6人だが、それが全体の雰囲気をつくってしまうから、教師はたまらない。全国の学校のなかには、これでAL導入は、この生徒たちには無理と見るところが多い。しかし、花園中学高校はここを自分たちの学校が1つ上のレベルに上がるための課題だと見る。すばらしいことである。学校の奮闘を引き続き見守り、応援していきたい。
【参考ページ】
✔
(AL関連の実践)【高校/宗教】森信明(花園中学高等学校)「禅の具現化を目指したアクティブラーニング授業」
✔
(AL関連の実践)【高校/英語】馬場豊(花園中学高等学校)「積極的な「個→協同→個」の学習を目指した授業」
✔
(AL関連の実践)【高校/数学】廣井望(花園中学高等学校)「アクティブな取り組みを通じて数学的な思考力をつける授業」
プロファイル
木村浩一(きむら こういち)@花園中学高等学校・教務部長
・一言: AL型授業の全校導入に向けて歩み始めたところです。すべての生徒が生き生きと学ぶ、そんな学校づくりを目指します。ご意見・ご指導をよろしくお願いいたします。