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新学習指導要領改訂の背後にある大きな課題は、学校から仕事・社会へのトランジション(「(理論)学校から仕事・社会へのトランジションとは」を参照)である。新学習指導要領の大きな方向性を示す資質・能力、ひいては思考力・判断力・表現力等の育成は、このトランジションを背景とするものである。今一度確認したい。
「(講話)現場の改革に繋げよ!-学習指導要領改訂(案)に対するコメント」で述べたように、トランジション課題として学校が取り組むべきことは、最終的には卒業生アセスメントである。小学校から大学までのそれぞれの学校段階が卒業生アセスメントをおこない、エビデンスベースで今おこなっている教育活動を見直し、問題があれば改善するというPDCAサイクルを回すことが求められている。これがないと、学校で育てた生徒学生が果たして、上の段階の学校、あるいは仕事・社会でうまくやれているかどうかを検証することができない。
本ページでは、私が教育顧問をしている桐蔭学園で推進している高校版IR(「(用語)IR(アイアール)」を参照)の取り組みを紹介する。アクティブラーニング型授業への転換をはじめ、抜本的な教育改革を始めた最初の学年がいま高校3年生になっており、卒業生アセスメントはこれからであるが、その体制の構築は彼らが高校1年生のときより2年かけて進めてきた。高校版IR推進の参考にしてもらえれば幸いである。
桐蔭学園のIRは、2015年から大学でのIR活動を参考にして準備を進めてきた。2017年4月にはIRオフィスを立ち上げ、専任担当者に仕事を引き継いで本格的な運営に入っている。
IRオフィスは、企画室(教育企画室+経営企画室)という、理事長・校長の直下にある学校全体のさまざまな戦略、教育改革の企画立案・調整をする部署のなかに設置されており、企画室長、ひいては理事長・校長にさまざまなデータや資料を収集・分析して報告をおこない、学校の意思決定を支援している。アメリカで歴史のあるIRの基本的機能(詳しくは小林・山田, 2016)を備えたものになっている。
扱っているデータや分析結果の一例を紹介しよう。まず、10年トランジション調査の1時点目調査(高校2年生)の結果(「(講話)高校生の半数の資質・能力は大学生になってもあまり変化しない -10年トランジション調査」を参照)をもとに開発された「生徒タイプ」のテストを紹介する。2017年現在、河合塾のテスト「学びみらいPASS」の1つ“LEADS”として商品化されている。
勉学タイプ~行事不参加タイプまで7つの生徒タイプがあり、回答者はいずれかのタイプに分類されるようになっている。“勉学タイプ”か“勉学そこそこタイプ”であれば、学び成長する大学生となる確率が高く、“読書マンガ傾向タイプ”“ゲーム傾向タイプ”“行事不参加タイプ”であれば、大学生になって苦戦する可能性が高い。各生徒タイプの特徴については、「(講話)高校生の半数の資質・能力は大学生になってもあまり変化しない -10年トランジション調査」を参照いただきたい。
図1、2は、桐蔭学園にある中等教育学校の後期課程(高校段階)の生徒データを用いて分析した結果である。4年生が一般的には高校1年生に相当し、5年生が高校2年生に相当する。まず図1は、4年生のデータを用いて、生徒タイプ別に見たベネッセの進研模試(総合・英語・数学・国語)の偏差値を比較した結果である。全体的に“勉学タイプ”“勉学そこそこタイプ”は成績が良いが、“行事不参加タイプ”も成績の良いことがわかる。“勉学そこそこタイプ”と同程度か、科目によっては高いものもある。しかし、“行事不参加タイプ”は大学に行って学び成長する確率が低い生徒タイプである。勉強はできても、対人関係やコミュニケーションが弱いか、一人を好む、そしてキャリア意識が低い生徒タイプである。大学受験は成功するかもしれないが、大学へのトランジションは成功するとはいえないかもしれない。このようなことが、学びみらいPASSや模試の成績をクロスさせることで見えてくる。
図2は、4年生から5年生にかけて、生徒タイプの変化を図示したものである。中等教育学校では、授業内でのアクティブラーニングはもちろんのこと、朝の1分スピーチからキャリア教育までトランジションを意識してしっかり教育がおこなわれている。4年生のときに“勉学タイプ”と“勉学そこそこタイプ”を合算すると50.3%であったが、5年生になってその割合が61.9%へと増加している。トランジションの観点から見た教育効果が明確に表れている。しかし、“読書マンガタイプ”“ゲーム傾向タイプ”“行事不参加タイプ”の合算値は、4年生で24.9%、5年生で25.8%とほとんど変わっていない。全体的には教育効果を認められるが、下位層の生徒への対応は十分ではないことがわかる。
図3は、同じく河合塾「学びみらいPASS」のなかにあるPROGテスト(リテラシー・コンピテンシー)の結果を、4年生から5年生で得点比較したものである。リテラシーは情報収集力・情報分析力・情報発見力・構想力から成り、それぞれのランク得点が算出される。コンピテンシーは対人基礎力・対自己基礎力・対課題基礎力から成り、やはりそれぞれのランク得点が算出される。図を見ると、リテラシーはどの次元も得点が増加しており、教育効果が見える。しかし、コンピテンシーは対自己基礎力と対課題基礎力で若干得点が上昇しているが、上昇分はわずかでしかない。若干ではあるが、対人基礎力は得点が落ちている。この結果から、(PROGテストが扱うところの)リテラシーは教育で伸ばせるものの、コンピテンシーはなかなか変わりにくいことが示唆される。これだけ学び成長している中等教育学校の生徒でこの結果である。データを蓄積して長いスパンで結果を見ていく必要があるが、もしコンピテンシーがなかなか変わりにくいということであれば、このような結果を今度は中学校、小学校に返していかねばならない。大変な事実ではあるが、課題としては興味深い。
図1 生徒タイプ別に見た進研模試の結果(4年生)
*中等教育学校は1学年162名である。データはデータ不備や欠損値を取り除いて分析されている。
*生徒タイプの説明は、「(講話)高校生の半数の資質・能力は大学生になってもあまり変化しない -10年トランジション調査」を参照のこと。
* 2017年現在、生徒タイプは河合塾の「学びみらいPASS」のテストの一つLEADSとして商品化されている。
図2 中等教育学校4年生から5年生にかけての生徒タイプの変化
*中等教育学校は1学年162名である。データはデータ不備や欠損値を取り除いて分析されている。
*生徒タイプの説明は、「(講話)高校生の半数の資質・能力は大学生になってもあまり変化しない -10年トランジション調査」を参照のこと。
* 2017年現在、生徒タイプは河合塾の「学びみらいPASS」のテストの一つLEADSとして商品化されている。
図3 中等教育学校4年生から5年生にかけてのPROG(リテラシー・コンピテンシー)の得点変化
*中等教育学校は1学年162名である。データはデータ不備や欠損値を取り除いて分析されている。
*PROGは河合塾「学びみらいPASS」のなかにある“リテラシー”(情報収集力・情報分析力・情報発見力・構想力)、“コンピテンシー”(対人基礎力・対自己基礎力・対課題基礎力)を測定するテストである。
小林雅之・山田礼子 (編) (2016). 大学のIR-意思決定支援のための情報収集と分析- 慶應義塾大学出版会