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(AL関連の実践)【中学校/地理】社会的事象を自分事として考えを深める社会科学習の考察
上木広夢(京都府南丹市立園部中学校)
京都府南丹市立園部中学校のウェブサイト
溝上のコメントは最後にあります
対象授業
- 授業:中学2年 地理
- 生徒:29名(男子15名、女子14名)
- 教材:『新しい社会 地理』(東京書籍)
第1節 授業の目標
これまで学んできた単元は「九州地方」ではありつつも、一貫して生徒たちは「環境問題・環境保全」を単元の軸として学習してきた。本時は、「個―協働―個のサイクル」を通して、「地域開発=観光産業」と「環境保全」の両立をテーマに学びを深めさせることを目標としている。九州地方での学びを、
私たちの身近な地域である京都府亀岡市が抱える「京都スタジアム建設」における問題に落とし込むことで、生徒の興味や関心を引くことができると考え、授業を展開した。
第2節 授業の流れ(50分)と工夫
(1) 前時の内容の復習(2分)【全体】
- 前時の内容の復習については、学習に苦手意識を持つ生徒でも意欲的に挙手・発言ができるよう、完結かつリズミカルに進める。【全体】
図表1 ほぼ全員が挙手をする様子
(2) 地域が抱える問題と、本時のめあての提示(8分)
- ICT(電子黒板)を活用し、JR亀岡駅北側にて建設が進められている「京都スタジアム」について簡単なクイズ等も行いながらアイスブレイクをし、興味・関心を持たせる。【全体】
- ICT(電子黒板)に「本時のめあて」を提示し、全体共有を図る。「本時のめあて」については、黒板の左上、電子黒板、ワークシート等、合計3カ所で示し、
いかなる時も「めあて=学習目標」に立ち返ることができるよう工夫した。【全体→個人】
図表2 ICT(電子黒板)を活用 図表3 本時のめあてを提示(共有)
(3) 隣接する京都府亀岡市の「京都スタジアム建設」の是非について、「賛成」・「反対」のどちらかの立場かを考え、簡単に発表する。(10分)
- ICT(電子黒板)のパワーポイントや前時の授業プリントを参考に、各自で考えをワークシートにまとめる。【個人】
- 各自が考えた意見を全体で共有するため、「賛成」と「反対」の意見をそれぞれ2名ずつ指名し、その場で発表させる。【個人→全体】
図表4 ワークシートベース 図表5 指名された生徒はその場で発表
(4) 再度個人で考えをまとめ直した上で、グループワークを行い「学び」「気づき」を深める。(25分)
- 行政や地域住民の活動の様子について、指導者による追加説明。【全体】
- 社会科班(1班3~4名×9班編制)の形となり、班の中で「賛成派」「反対派」に意図的に分けて、
グループワークを行わせる。次に、時計回りに生徒の何名かを移動させ、賛成派と反対派を混ぜ合わせて、ワールドカフェ方式によるグループワークを行う。【個人→グループ】※3回繰り返す。
図表6 活発な意見交流の様子 図表7 グループワーク時は机間指導を徹底
- 各自が考えた意見やグループワークから得た新たな学びや気づきを全体で共有するため、「賛成」「反対」の意見をそれぞれ2名ずつ指名し、前に出てきて発表させる。【個人→全体】
(5) 本時の内容について個人で振り返り(5分)
- 各自で、今後も京都スタジアムを建設していく上で「大切なこと」は何かを考える。【個別】
- 各自が考えた意見を全体で共有するため、2名指名し、その場で発表させる。【個人→全体】
- 「地域開発=観光産業」と「環境保全」の両立の必要性について確認し、次時の授業へ繋げる。【全体】
第3節 成果
(1) 教科指導
- 事前のアンケートでは、九州地方に行ったことがある生徒は29名のうち2名と大変少なかった。しかし、「日本の諸地域:九州地方」の単元で「環境問題・環境保全」について学んだ上で、
身近な地域の問題に落とし込むことで、低学力生徒でもイメージがしやすく、積極的な授業への参加が見られた。
- 身近な地域である亀岡市の京都スタジアムの建設問題については、予備知識がある生徒も中にはおり、生徒たちにとって関心のある問題でもあったため、
自ら問題点について考えようとする姿勢が見られた。
- 教材研究の過程で、実際に現地へ訪れたり、近隣の商店街の方からお話を聞いたりと、指導者自身も学びを深めることができ、教材研究のあり方について考える機会となった。
(2) 主体的・対話的で深い学び
- 全体的に挙手が多く、失敗を恐れずにほぼ全員が授業内で発言することができた。
- 社会科班(3~4人)でのグループワークを取り入れ意見交流を行うとともに、班員の入れ替えを行い、ワールドカフェ方式でさらに学びを深めることができた。
- 本時の公開授業では「地域開発のメリット」「環境保全のメリット」について考えた。前時で学習した「九州地方の人々が環境問題・環境保全に向き合う姿」を本時に繋げ、
生徒たちは当事者意識で考え、意見を発信する、対話的な活動ができた。
第4節 課題
(1) 教科指導
- 身近な地域を取り上げ、生徒たちは自ら進んで問題を考えることはできたものの、「九州地方」の単元の一環として授業を行っている以上、授業の終末に九州地方に立ち戻り、
共通点を確認した方が、生徒自身も繋がりを意識できた。次時の授業へのスムーズな接続の仕方についても丁寧に考える必要がある。
- 内容が盛りだくさんの授業であったため、導入をもっと端的にまとめ、展開の部分で生徒自身が学びを深める時間(グループワークのワールドカフェ方式)を増やすべきだった。
- 生徒には、ワークシートの最後のまとめに、授業を受けて大切だと感じたことを記入させたが、授業のめあて自体を生徒に考えさせても面白かったのかも知れない。
(2) 主体的・対話的で深い学び
- 「問題掲示→問題意識→話し合い活動→発表」までの流れは日頃の授業のルーティンワークとしてできていたものの、発表者に対して「なぜ」そのように考えたのか、
追発問を何度も行い、学級の生徒全員で考えるなどの指導者の一工夫があれば、生徒の学びがより深まった。「個―協働―個のサイクル」については、今後も意識的に取り組んでいく。
- 生徒たちには、京都スタジアム(仮称)の建設に賛成か、反対かについて立場を分けて考えさせたが、「どちらでもない」という建設的な立場で考えようとする生徒が話し合いの中で
少人数しか生まれなかった。柔軟なものの考え方ができていると判断できるまでの話し合いのレベルには至っていない。
- どの生徒も授業時での挙手が多く、グループワークの際は積極的に意見を発信しているが、「相手に伝える発表」に弱さを感じている。相手の発表をしっかりと傾聴する姿勢はもちろん、
プレゼンテーション能力等の育成・向上についても力を入れていかなければならない。
第5節 研究授業全体の振り返り(社会科の取組、事前の取組も含む)について
園部中学校ブロック社会科部会の今年度の研究テーマは、様々な資料の読み取りから表現、表現から思考へつなげる「資料活用の力」を生徒に身につけさせることに重きを置いている。今回の授業においても、電子黒板を用いた視覚的な資料や、生徒に配布した年表など、さまざまな資料から情報を生徒に読み取らせ、活用し、自らの意見を発信させることで学びを深めようとした。生徒たちは、日本の諸地域「九州地方」において、「環境問題・環境保全」を単元の軸として学習してきた。本校社会科教員による事前研究会では、「身近な地域の問題について考えることで、生徒たちは当事者意識を持って授業に参加できるのではないか」との議論が中心となった。一概に、九州地方の環境問題とは比較することはできないが、「地域開発=観光産業」と「環境保全」の両立をテーマに、さらなる考えを深めるための教材になるのではないかと考え、教材研究を重ね、当日の研究授業を迎えた。単元全体を見据えた上での本時の授業を展開することが何よりも大切であり、生徒たちの思考や協働活動が十分な「深い学び」へと繋げる上でのポイントになること等を発見できた授業となった。
今後も事前研究会の一環として、本校社会科教員による模擬授業を行い、生徒の実態を踏まえた授業展開をイメージすることもまた必要な過程である。
溝上のコメント
- 園部中学校は、近年まで学習がうまく成立しない教育困難校であったが、國府常芳校長のリーダーシップのもと学校全体の教育改革がしっかり進められ、保護者や地域との関係も再構築し、ここまで生徒が学びと成長に向けた学校生活を送るようになった。ほんとうにすばらしい。
- アクティブラーニング型授業の基本ポイントがしっかり押さえられている。
・教師と生徒の関係性(*参考)がとれた上でのアクティブラーニング型授業になっている。図表1に見られるように、ほぼ全員の(元気のいい)挙手からそれを見て取ることができる。
・個-協働-個の学習サイクル(*参考)
・図表4に示されるワークシートベース(*参考)
(*参考)
✔ 溝上慎一 (2018). アクティブラーニング型授業の基本形と生徒の身体性-(学びと成長の講話シリーズ1) 東信堂
✔ (桐蔭学園の教育改革)関谷吉史「個-協働-個の学習サイクル」
✔ (講話)ワークシートベースのアクティブラーニング型授業にする
- 図表5のように、この学校の生徒は、発表や発言をするとき、その都度立って話すようにルール化されている。これは園部中学校の学校ルールのようだ。
- ワールドカフェ方式のグループワークへの挑戦もいい(図表7)。
- めあて(学習目標)を電子黒板でずっと示しながら(図表3)、ワークをおこなったこともいい。小学校の授業では、黒板の1行目にめあてを書いて児童と確認をし、
それが終了時まで消されないで授業が進められる場合が多い。そうあるべきである。しかし、中学校(以降の学校種)になると、めあて(学習目標)が示されてもすぐ消されてしまうか、
めあてさえ書かれない授業が散見される。
- 電子黒板を利用したタイマー表示もいい。与えられた時間内で作業を終えることを生徒に意識させることができれば、集中してワークに取り組むようになる。
もちろん、制限時間があるテストにも役立つはずだ。仕事・社会において、時間は無限大にはない。限られた中で一定の見方や解を出さねばならない。
タイマー表示を通して、そのような仕事・社会での状況を教えてあげてほしい。他のタイマー表示の例として、乾教諭(*参考)のページの図表2も紹介しておく。
(*参考)(AL関連の実践)乾菜摘(帝塚山学院中学校高等学校)「アクティブなインプット学習から協働学習につなげる授業(2)」
図表10 電子黒板上でのタイマー表示
- 九州地方での学習を、生徒にとっての身近な地域である京都府亀岡市に繋げ、そこで問題になっている「京都府スタジアム建設」を通して、九州地方での地域開発や環境保全をより深く学ぶことが目指されている。深い学び(*参照)を促すのに、生徒の身近な世界、あるいは自己世界に関連づける、専門的には「自己関連づけ」
(*参考)と呼ばれる技法を用いている点が評価される。自己関連づけは、事象を我が事のように、あるいは当事者意識をもって考えさせるのに有効である。
(*参考)
✔ (理論)深い学びとは
✔ 溝上慎一 (2018). 学習とパーソナリティ-「あの子はおとなしいけど成績はいいんですよね!」をどう見るか-(学びと成長の講話シリーズ2) 東信堂
プロファイル
上木広夢(うえき ひろむ)@京都府南丹市立園部中学校
- 一言:社会科は、地球上の人々の暮らしやさまざまな思いを、昔と今から学び、気づき、そして未来の私たちの進むべき道、自分の生き方について考える教科です。
本校の学校教育目標である「気づきがあって 思いがあって 頑張れる あの 園部中学校」の生徒の育成を、教科指導の視点から達成すべく、日々の教材研究や授業実践に励んでいます。